ピントは合ってませんが。
◆その日―信太郎人情始末帖― 杉本章子 文藝春秋社
19.11.03 Sun
あの信太郎が呉服屋『美濃屋』の身代を継ぎ主人となった。杉本章子が描く江戸人情の世界。商売、親子、夫婦、兄弟、友情が、江戸の大店を舞台に描かれる。そして迎えるその日(安政の大地震)。壊れるのか、強くなるのか人の関係。思わず、上手い、と感心する杉本ワールド。涙とともに温かさを感じる信太郎人情始末帖の世界。年末から正月にかけて読んでみたい。
◆真贋 吉本隆明 講談社インターナショナル
19.11.03 Sun
どうも吉本のトラウマから離れられない。長年読んでいるのだが、彼の言いたいことが本当に理解できているのかどうかが、私自身よく分らないのである。が、最近の吉本の著作は、大変よく理解できる。本書は、さすが吉本。これでいいのではないかと、と思える実に平明な語りで、日常を思想している。特に103ページの「いい人と悪い人」、そして「あとがき」。これだけでも買ってよかったと思う。
◆邦画の昭和史 長部日出雄 新潮社
19.9.16 Sun
昭和のスーパースターは、誰か、なぜスーパースターと言えるのか。そして大女優とは。時代の変遷と無縁ではない。今の時代スーパースターが多すぎる。賞味期限が短すぎる。だから伝説が生まれない。ここに登場する俳優は、まぎれもなくスーパーな存在であり、紹介されている邦画は日本映画史を代表する名画である。コンパクトにまとめられた昭和の邦画史。すべての作品を観ることはできないが、本書で振り返ることはできる。
◆カシオペアの丘で 重松清 講談社
19.8.5 Sun
旅に例えるほど人生は変化や起伏に富んでいない。ほとんどの人にとって、当たり前のような日々が連なるのが生きるということだ、と思う。でも、平凡だからといって、感動がないわけではない。悲しみや、怒り、喜び、何よりも幸せがないわけではない。ここのところを描かせたら、重松清をおいて外はいない。39歳で肺ガンに侵され余命いくばくもなく、妻と10歳の子供がいたらどう生きるのか。10歳で下肢が麻痺し、車いす生活を余儀なくされた39歳はどう生きていくのか。妻の不倫相手に子供を殺された男は、どう生きていけばいいのか。巧者が放つ、久々の重松ワールド。夏の暑い日、閉じこもった部屋にエアコンをつけ、老いも若きも、男も女も、存分に泣けばいい。物語の世界でも、存分に人間の温かさに感動すればいい。
◆敦煌 井上靖 中央公論社
19.7.29 Sun
1900年の初め、敦煌の石窟から多量の経巻類が発見され、1907年と8年にイギリス、フランスの探検家が買いたたきヨーロッパに持ち去った。その後、世界文化史上の大発見であることが確認された。これらのおびただしい経巻類は、いかにして九百年もの前に隠されることになったのか。西夏と宋が衝突したこの地で九百年前に何があったのか。こういう本を読むと、ますます小説が読みたくなる。
◆反転ー闇社会の守護神と呼ばれてー 田中森一 幻冬舎
19.7.29 Sun
著者は、東京地検特捜部を辞め、弁護士として独立し、いま刑事被告人として懲役4年半の実刑判決を受け現在上告中である。新聞で盛んに本が宣伝されていたので、早速に購入し読んだ。さすが特捜部出身でである。私が、まだ国税にいたころの大型事件について、著者はことごとく絡んでいる。その事件を実名で、しかも個人的な軋轢や能力の評価まで交えている。事件そのものの面白味もあるが、本を読んでいて、あの時代(バブル期)とは何だったんだろうか、とつくづく思いにふけった。
◆幻夜 東野圭吾 集英社
19.7.16 Mon
幅広い作風の著者が描く、暗く悲しい悪が主人公の世界、名作j「白夜行」と同じ世界。主人公新海美冬の謎に引き込まれるミステリー。最後の最後まで、つまり小説が終わりを告げても、新海美冬はいったい何者なのかが分らない。それが失敗なのか、その謎が主題なのか。とにかく、上手い、と唸ってします。
◆戦国時代の大誤解 鈴木眞哉 PHP新書
19.6.24 Sun
映画やテレビの影響は大きいもので、桶狭間の戦いなるものは信長の奇襲戦法と疑うことはないのだが、どうもそうではないらしい。甲州武田家には、騎馬軍団なるものは存在しなかったらしい。もっとも物資の運搬軍団としてはあったらしいが。当時の日本馬は140センチぐらいで、テレビで見るような逞しさはなかった。書いてあることは、いちいちそりゃそうだ、と納得。
◆加治将一『幕末維新の暗号』(祥伝社)
19.6.9 Sat
書店の歴史ものコーナーに陳列されていたのを、歴史ノンフィクションと思って購入した。フルベッキの幕末集合写真の謎、西郷隆盛、勝海舟、坂基竜馬等々の幕末英傑達の集合写真であるとする謎を巡り、明治天皇すり替え説、そしてこの秘密を覆い隠すための暗殺団の存在。何のことはない、全くのフィクションではないか。西郷隆盛とする根拠は、その雰囲気がするから、である。何の根拠もない。が、面白い。フィクションと思って手にして読めば、最後までの一気読み本である。
◆西郷隆盛伝説 佐高信 角川学芸出版
19.5.26 Sat
この人(著者)の本はよく分らない。突っ込みが特徴の著者が、西郷のなにを突っ込もうとしたのか。結局、西郷を描き切れずに、西郷周辺を描いた中途半端な本になった。新しい発見もいくつかあるけれど、著者の孫引きの多さには辟易する。もっと自分の足で取材しろよ。でも面白かった。
◆吉原手引草 松井今朝子 幻冬舎
19.5.5 Sat
これはもう新しい世界である。吉原、花魁、札差、仇打ち。謎も絡み合い、題名の通り吉原の案内になっている。歴史の彼方の是非をとやかくいっても始まらない。男社会の江戸の町には、吉原が必要であった。虚構のひと時を創り上げるために仕掛けられた吉原の仕組み。そのなかに一人の女が仇討の目的のために身を沈めた。その謎としきたり、花魁葛城の魅力、あますところなく描かれた一品。
◆徴税権力 落合博美 文藝春秋
19.4.15 Sun
私が国税の職場に勤めていたのが15年間。辞めて15年。まだ、国税にいたときの感覚が残っている。確かに、最強の情報機関であった。金にまつわる人の営みに関して、国税当局ほど情報を有している機関はない。情報があれば権力がある。いや、権力があるから情報が集められるのだろう。本書を読み、かつて属していた国税の職場が、いかに権力を有していたかを再確認した。ジャーナリストとして国税をみる視点がいい。どんな政体であろうとも共益費としての税は必要であり、そのための徴税機関は必要である。そこを押さえての切込みが朝日の敏腕記者ということか。
◆あなたに不利な証拠として ローリー・リン・ダラモンド ハヤカワ・ミステリー
19.4.15 Sun
昨年度のミステリー大賞の海外部門を総なめした。ルイジアナ州バトンルージュ市警に勤務する5人の女性警官を主人公にする10編で構成されている。淡々としたストーリーであるが、そこは警察小説。しっかりと殺人事件が描かれる。ただ、ヒーローやヒロインがいない。アメリカの小説らしくディティールがすごい。12年間に亘って書かれた短編集であるが、短編であることに気がつかない。場所、時間、人物、出来事が破綻なくつながっている。
◆ロング・グットバイ レイモンド・チャンドラー(村上春樹訳)早川書房
19.3.24 Sat
清水俊二訳の『長いお別れ』も何回か読んだ。そのたびに、マーロウに痺れていたのだが、村上春樹が訳したマーロウは、タフさに、ストイックさとナイーブさを織り込んだ、実に魅力ある人物に出来上がっている。清水訳は清水訳で面白いが、マーロウの描き方はやはり村上訳が数段優れている。これは好みであろうが、タフさが前面に出るか、マーロウの抱える寂寥感を描くのかの違いであろう。小説のストーリーは説明するまでもない。清水訳でも村上訳でも、チャンドラーの”The Long Goodbye”を読まずして生涯を終えるのはもったいない。そこまで忙しい人はいないはずだ。
◆哲学者というならず者がいる 中島義道 新潮社
19.3.18 Sun
著者は、カント研究といささかの偏屈さで著名な哲学者。本書は、雑誌『新潮45』に連載されたエッセイをまとめたもの。哲学とは、真理を追究する。したがって、真理は正しいがゆえ非真理、不真理が許せない。という真理があればの話だが。著者は、自分にとって非であり不であることに対して、闘いを挑む。著者にとって政治的現象は一切興味がない。その代わり、駅や公共の場所で垂れ流される、意味のない騒音(放送)が許せない。警察が駅で流す防犯放送。それが許せない。だから警察署に、即刻放送を中止するよう抗議に赴く。世情では、変人といわれる所以である。このような哲学者が、身辺のことを哲学的に語ったエッセイである。はまれば、面白くないわけがない。目からうろこの切り口で語られる、文明批判といおうか。お奨め。
◆秀吉の枷 加藤廣 日本経済新聞社
19.2.25 Sun
「枷」とは、行動の自由を奪うための道具である。信長から天下を引き継いだ秀吉にどんな「枷」があったのか。歴史ミステリーとしても、歴史小説として実に面白い。上巻は秀吉がイキイキと描かれ歴史小説。下巻は歴史の謎に切り込んでいくミステリー。が、上巻が圧倒的に面白い。もっとも、秀吉の後半生は誰が書いても面白さはないが。
◆回り灯籠 吉村昭 筑摩書房
19.2.25 Sun
著者は、今年7月に逝去された。惜しい。もっと書いて欲しかった。本書を読むと、随筆というよりも、それぞれが短編小説のようである。久方ぶりに、遅読を楽しみながら読み終えた。
◆ひとり日和 青山七恵 文藝春秋
19.2.18 Sun
今年の芥川賞受賞作。二十歳のフリーターの女性が、70を過ぎた女性と同居し、失恋をし、大人へとなっていく物語。起伏のあるストーリーが展開するわけではない。ただ、ただ、私であるフリーターの一年の心的情景が描かれるだけなのだが、引き込まれてしまう。男の、56歳の私が、主人公の眼と同化する。そうか、大人になるとは、こういうことなのか。読み終わって、胸がざわめく小説。何でもないストーリーだが、毒がある。これが純小説というのだろう。
◆女信長 佐藤賢一 毎日新聞社
19.2.11 Sun
実は、織田信長は女であった、という。当然、歴史的出来事を曲げることができないから、ストーリーは不自然になる。女である信長を描くため、開拓者としての信長の心情は描かれない。特に、天下へと進むあたりからは、女であるがゆえに政争と戦略の描き方が弱くなる。そこで登場するのが明智光秀。後半の主役は光秀。最終章が面白い。面白さは、全編を読まなくては分からない。
◆タックス・シェルター 幸田真音 毎日新聞社
19.2.11 Sun
舞台は谷福證券のオーナーが残した裏金5億円を巡り、租税回避、国際デリバティブ投資の話が展開する。谷福證券の財務部長深田道夫と東京国税局調査部国際税務専門官宮野有紀を中心に話が進む。それなりにストーリーは面白いのだが、如何せん薄い。骨格はいいが、肉付きが悪い体型とでもいおうか、登場人物にまるで面白みがない。
◆マネーロンダリング入門 橘玲 幻冬舎新書
19.1.28 Sun
ブリティッシュ・ヴァージン・アイランド(BVI)という国がカリブ海にある。そこに法人設立することができる。日本の自宅に居て、インタネットで設立登記が可能である。預金口座も日本いながら開設できる。費用は20万円で済む。このようなポータルサイトは至るところにある。カシオから120億円が消失した事件の紹介から始まる本書は、続いて酒販組合145億円の損失事件を紹介する。損をした事件があれば、そのお金が焼失でもしない限り、だれかの手に渡っている。租税回避のためにの取引にも、当然資金が移動する。消えた資金は、どこかで現われる。日本で消えたお金は、いずれ日本に現われる。マネーロンダリングという。その入門書。
◆ヒルズ黙示録・最終章 大鹿靖明 朝日新聞社
19.1.28 Sun
ライブドア事件、村上ファンド事件はなんだったのか。矢張り検察の強引な捜査結果だったのか。本書の最後の文章を書きとめておきたい。「バブル経済の崩壊以降、倒産やリストラの経済危機に見舞われたが、多くの大企業や官公庁では中間管理職や幹部層が、責任を問われることなく居座るか、退職金を手にして円満退社することができ、逆に、社会に出ようとした息子や娘達を「就職氷河期」で締め出すことに成功した。団塊世代以上の中高年が自分達の職場と雇用を守るため、子供達にフリーターやニートになることを強いたのである。」
◆一応の推定 広川純 文藝春秋
19.1.7 Sun
昨年の松本清張賞受賞作品。目撃者もいないJR東海道線膳所駅で、多額の借金と難病絵お抱えた孫を持つ経営者が線路に落ち死亡した。自殺なのか事故なのか。保険会社から依頼された長谷川保険調査事務所の保険調査員村瀬努は、定年を目前にして、自殺か事故かの列車事故の調査を担当する。なるほど、地味な領域の職業であり、その語りも地味にならざるを得ない。しかし、その世界に引き込まれる。ラスト付近は、少々できすぎの嫌いがあるが、たいへん満足の作品。
◆神様 川上弘美 中央公論社
19.1.6 Sat
神様、夏休み、花野、河童よ、クリスマス、星の光りは昔の光り、春立つ、離さない、草上の昼食の9編からなる短編集。特に、交通事故で死亡した叔父が、「わたし」の前に現れて、何気ない会話をする「花野」がいい。ただそれだけなのだが、何度も読み返してしまう。不思議な世界を創る人だ。この世界を空気感というらしい。
◆テロルの真犯人 加藤紘一 講談社
19.1.6 Sat
2006年8月15日、加藤紘一の自宅兼事務所が放火され全焼した。右翼のテロだった。しかしその真犯人は、根無し草的に漂う現代人の心の隙間にこそ潜んでいる、という。正しい、と思う。ただ、この本を読んでも、何故そうなのか、どうすればいいのか、よく分からない。政治家加藤紘一の華麗なる自伝のように読める。だからといって、面白くない訳ではない。とくに、なかで紹介されている政治家の語録が良い。
◆打ちのめされるようなすごい本 米原万里 文藝春秋
18.12.31 Sun
著者は、全く私と同世代の同時通訳者でありエッセイストである。いや、であった。今年の5月逝去された。彼女の視点には畏敬していた。軽妙洒脱ななかにも権力や強者の横暴を許さない、しっかりとした凄味がにじみ出ていた。その彼女が、週刊文春に掲載していた書評を中心に、取りまとめたものである。その読書の範囲に、またまた驚嘆するとともに、その確かな解読ぶりに、こちらが打ちのめされる。本を読むだけだったら単なる時間の消費。知識を売るだけだったら試験勉強と同じ。読んで思索を重ね、本の持つ意味を問う、これが時間の創造。読書とはこういうものだと、教えられた。
◆マフィア経由アメリカ行き 常盤新平 冬樹社
18.12.30 Sat
ジョセフ・コロンボ以下13名のアメリカマフィアの親分の紹介。もちろんアル・カポネも登場する。アンタッチャブルやゴット・ファーザーに親しんだ我々の世代には、興味ある世界である。著者は、翻訳家にしてマフィア研究家。日本のやくざといいマフィアといい、社会が生み出すあだ花なんだが、他人事として面白い世界である。
◆制服捜査 佐々木譲 新潮社
18.12.30 Sat
舞台は、北海道十勝平野の架空の町「志茂別町」。この駐在所に、単身赴任となった川久保巡査部長は、一見静かで平和な町に、何かが生じている気配を感じる。そんな事件が5編集められている。それぞれの編が絡み合って、最終章へとなだれ込んでいく。もと刑事の川久保巡査の目線が良い。権力の側にいながら、権力に屈せず進む姿から凄味が湧き出ている。「割れガラス」と「仮装祭」が秀逸。
◆悪魔のサイクル 内橋克人 文藝春秋
18.12.29 Fri
いわゆる市場原理主義とは何か。その結果、世界で何がどう変化したのか。そして日本では、何が変わったのか、変わろうとしているのか。勝ち組と負け組み、格差社会、富の偏在等々、現代社会の負のキーワードが解き明かされていく。本書を読んでいると、確かに構造改革という名の下において、私達の世代が共有していた社会的ルールがいつの間にか変化し、新たなルールに転換していることが読み取れる。それが、どのような結果を生み出すのか。本書に対する評価は難しい。しかし再読したい。
◆ザ・リコール 志摩峻 ダイヤモンド社
18.12.29 Fri
ダイヤモンド社が主催する経済小説賞受賞作。自動車の欠陥を巡って、メーカー、損害保険会社、暴力団、マスコミ、弁護士が蠢く。少々出来すぎであるが、抜群のストーリーである。いくら現代社会でも、ここまでは行っていないであろうと思うのだが、実話ではないかと想像をしてしまう。しかし、やくざ組織の存在感が不気味である。個々のやくざではなく、組織としてのやくざがいかに経済社会に巣くっているか、まざまざと感じる。
◆最後の逃亡者 熊谷独 文藝春秋
18.12.29 Fri
旧ソ連体制下のモスクワの娼婦とその恋人、日本人ビジネスマンが、モスクワからレニングラード、ノルウェー、そして日本へと逃亡を続ける。国家財産の横領と国家秘密の保安のために、当局の官憲から追われている。登場人物が主人公ではない。ソ連国家の体制が末端ではどのように機能していたのか、庶民はどのような生活をしていたのか、本書の主役は、ソ連に関する情報である。したがって、ストーリーも登場人物も景色も暗い。読み進むとともに暗くなる。暗さとともに本書を手放せなくなる。
◆刑事の誇り マイクル・Z・リューイン 早川書房
18.12.19 Tue
名作と聞いていたが、想像以上の面白さ。その魅力は主人公であリーロイ・パイダー(インディアナポリス警察失踪人課警部補)。タフで皮肉屋で親父ギャグを連発する無神経かつ繊細な男である。こいつがすこぶる魅力がある。読み出しのはじめから最後まで、失踪した人間が殺されていたり、暗い過去があったりと、息つく暇もなくパウダー警部補は走り回る。20数年前の作品であるが、チットモ古くない。
◆麦屋町昼下がり 藤沢周平 文春文庫
18.12.17 Sun
日曜日の朝に読み始め、昼前に読み終わる。表題の作品ほか4編の短編が収められている。登場人物はすべて、少碌の武士ではあるが腕は立つ。組織内での立場は脆弱である。共感を覚えつつ読み進み、人間のやさしさをしみじみと感じることができる周平ワールド。暮れの休日、3時間程度の時間があれば、忘年会で痛めた体と財布の癒しに丁度いい。
◆武田信玄の古戦場をゆく 安部龍太郎 集英社新書
18.12.7 Thu
信玄は何故北に拘ったのか。その歴史ルポ。甲斐武田氏は、奥州南部氏、若狭武田氏と同様、源氏の血を引く同門であった。戦国の昔、日本海が交易のルートであり、奥州南部氏と若狭武田氏とはその日本海を通じて結ばれていた。甲斐武田氏が日本海に出て越後までその勢力を伸ばせば、日本海交易は武田一族が握ることになる。領土の取り合いで経済を拡大するには、そのための犠牲も、コストも膨大なものになる。交易から産み出される富は、安定的かつ膨大なものだったようだ。そこに立ちふさがったのが、上杉謙信である。現地を踏破した、まことに優れた歴史のルポタージュ。
◆カリフォルニア・ガール T・ジェファーソン・パーカー 早川書房
18.11.26 Sun
土曜の夜から読み出して、日曜日の夕方に読み終えた。話は、2004年に始まり、いきなり1954年にさかのぼり、最終章で2004年に戻る。50年間にわたるニック・ベッカー刑事とその兄弟、家族の成長と人生模様が描かれる。主軸は1968年10月に起きたジャニル・ヴォン殺人事件であるが、単に犯人探しのミステリーではない。1960年代のカリフォルニアの政治風土、文化風景も描かれる。なによりもベッカー兄弟の歴史物語である。洋の東西を問わず親子兄弟の絆は深い。久しぶりの一気読み。
◆徳川将軍家十五代のカルテ 篠田達明 新潮文庫
18.11.08 Wed
初代家康75歳、二代秀忠54歳、三代家光48歳、四代家綱40歳、五代綱吉64歳、六代家宣51歳、七代家継8歳、八代吉宗68歳、九代家重51歳、十代家治50歳、十一代家斉69歳、十二代家慶61歳、十三代家定35歳、十四代家茂21歳、十五代慶喜77歳。江戸時代の歴代将軍の寿命であり、その平均は51.5歳。将軍職もストレスで大変だ。著者は作家であり医師である。その著者が『徳川実記』などを読み解き、徳川15代将軍と結城秀康、松平忠輝、水戸光圀を加えて、その健康と病歴と死因とをやさしく紐解いたのが本書。実に興味深い。余は、平成の庶民で良かった。
◆情報のさばき方 朝日新聞社 外岡秀俊
18.10.31 Tue
著者は朝日新聞記者。情報のプロである。そのプロが、夥しい情報をどのように処理しているかの奥義が公開された。新たに発刊された朝日新書の第一弾に出版されたのだから、そうとう力を込めて書いたに違いない。インデックス化する。内容は捨てメモ化する。目新しいことは何も書かれていないが、情報はデジタルではなくアナログである、と主張している(?)ような気がする。これはこれで、今の時代目新しい。この種の本には、必ずパソコンの使い方だメインにくるのだが、本書はそうでない。だからいい。デジタル情報は素材であって、それをさばかなければ消化できない。
◆頭の中の人生 茂木健一郎 中公新書
18.10.31 Tue
単なる物質にしか過ぎない脳に、なぜ「心」が宿るのか。何故、人間は人間であるのか。脳の可能性、感情のエコロジー、能力の意味、創造性のインフラ、精神と外的世界の関係、などがテーマ。読売ウェークリーに連載していたものがまとめられた。私たちは、当たり前のように人間であることを前提としているが、なぜ人間足りうるのかはあまり理解していない。最新脳科学の一端を知ることができた、ような気がする。
◆人は50歳で何をすべきか 長尾三郎 講談社文庫
18.10.24 Tue
人生訓話の本ではない。羽仁五郎、大賀典雄、永六輔、田英夫などが、50歳に何を考え、何をなしたか、を書いたノンフィクション。ここに登場する人物は、まさに50歳のときに転機を迎え、大きく飛躍したか、またはまだまだ人生を模索していた。本書のテーマは、ここまでの50年はこれからの人生のために蓄積してきたものだ、ということ。特に、山本七平と森敦の項を読んだとき、そのことを強く感じた。50歳は、まだまだこれからの歳だ。
◆初秋 ロバート・B・パーカー ハヤカワ文庫
18.10.22
スペンサーシリーズの第7作。ハードボイルドといよりも15歳の少年ポール・ジャコミンとスペンサーとの心の交流、ジャコミンの男としての成長物語。この主人公は、料理にうるさく、口数が多くお節介であるが、ハードボイルドの主人公としてキャラクターを外してはいない。いやむしろ、が故にタフガイとしての魅力が引き立つ。初秋は、そんなスペンサーのキャラが生きる傑作。
◆昭和史 半藤一利 平凡社
18.10.21
1926年から1945年の間の日本で何が起こっていたのか、私達はあまりにも知らなさ過ぎる。個人の世界では、忘れたい記憶や過去があるのだるが、歴史を忘れることを許されない、無視してはならない。そういう意味では、昭和史の格好の入門書。語り口調で、軍部の動向を丹念に追っている。
◆狼花 大沢在昌 集英社
18.10.21
新宿鮫が久々に帰ってきた。これまで絡んできた仙田も登場する。関西やくざ石崎も新たに登場する。警察庁官僚香田も重要な役割で現れる。強烈な個性を発揮しながら登場人物が、最後の20ページになだれ込んでいく。新宿鮫シリーズ最高傑作。年末に向かって、これからのミステリー界は目が離せない。
◆小説の読み書き 佐藤正午 岩波新書
18.10.15 Sun
作家佐藤正午が、夏目漱石を始め自身の作品を含め25作家の25作品を読みほぐした文体論。何を書いているか、何がテーマか、で作家は成り立っている、と素人の私はそう思っていた。ここでは、何が書かれているのかよりも、どのように書かれているかが解きほぐされていく。そうか、意図された作品は、このような文体で、このような構造を形づくって産み出されていくのか。いやはや、作家なる職業は凡なる人間ではなれない。それを読みほぐす佐藤正午なる作家も相当なものだ。
◆警視庁捜査一課殺人班 毛利文彦 角川書店
19.10.9 Mon
およそ日本最高のプロフェッショナル集団とは、警視庁捜査一課であろう。その捜査一課のなかでも殺人班は最強であろう。なんせ殺人という異常な一線を超えた犯人達を相手にする。亡くなった被害者からは証言を得られない。自首する犯人もいるが、その場合は捜査一課の出番はない。逃げる犯人を探し、追い、落とす。第6章と第7章に描かれる、犯人を落とす役割の取調官の人間力は興味深い。殺人は起きてはならない。起きてしまったら、犯人は絶対に捕まらなくてはならない。そのためには捜査一課は、不眠不休で捜査に当たる。我々は、彼らの仕事えをもっと評価していい。
◆人の心はどこまでわかるか 河井隼雄 講談社+α新書
19・10・9 Mon
著者は、ユング療法を日本に紹介した泰斗。心理療法家の質問に答える形で本書の各章が構成されている。心理療法の役割、限界、方法等を述べたものである。心理療法とはなにかを初めて知った。心に病気を抱えて正常な生活が送れない現代人が多い。大人社会の職業生活の面でも、専門化が進み、スピードを求められ、大量多様な情報量をこなさなければならない。悩みも多くなる。自殺者も多い。カウンセラーにの役割はこれからますます重要になる。
◆司馬遼太郎で読む日本通史 石原靖久 PHP研究所
18.9.17 Sun
膨大な司馬作品を読み込み、司馬史観をもとにした日本史の概要といえる。平安、鎌倉、室町、戦国、江戸そして明治と、その時代時代のエートスを司馬は独特の物の見方で切開いていった。司馬の眼は、日本人の行動原理を、時代時代のなかで考えていた。その眼を通しての日本通史。没後10年にならんとするこの時期、日本人が日本人であることの不確かさを気が付き始めたこの時期に、司馬遼太郎の思想は、今一度検討されていい。本書は、格好の司馬思想の入門書。
◆反社会学の不埒な研究報告 パオロ・マッツァリーノ 二見書房
18.9.10 Sun
著者は、この世に存在しないイタリアン大学の日本文化研究科卒。おそらく著名ではないが優秀な社会学者であろうと思われるのだが、どう調べても著者名は出てこない。以前の著作では、ときどきマクドナルドあたりでアルバイトをしていたというから、行動派社会学者なのだろう。書かれていることを紹介しても意味はない。ただただ、常識というものは疑わなければならない、ということ本書で学んでいただきたい。
◆明治無頼伝 中村彰彦 角川文庫
18.9.9 Sat
新撰組三番隊長斉藤一は、剛剣を持って知られ、鳥羽伏見の戦いに敗れた後も、会津藩に身を投じ幕末を迎えた。会津藩は朝敵として斗南の地に減藩され辛酸を舐めた。斉藤一は、藤田五郎と名を改めて維新を生きることとなった。明治維新とはなんであったのか。敗者はどう生きたのか。快男児の生涯とともに、敗者の眼から見た明治維新が興味深い。
◆禿鷹狩-禿鷹Ⅳ 逢坂剛 文藝春秋社
18.9.9 Sat
前作で左手首が切断された神宮警察署禿富鷹秋がラストで死亡。荒唐無稽、ご都合主義なストーリーであるが、ヒーロー禿鷹(禿富鷹秋)のキャラクターが際立って描かれているのだが、本書では、さらに際立った二人の警官が登場する。4作目となると、そろそろ禿鷹の役割も終わりかと見えて登場した新たなキャラクター。まだまだ神宮署からは眼が離せない。
◆ねじまき鳥クロニクル(第3部) 村上春樹 新潮社
18・9・2 Sat
残り100ページになったところでなかなか進まなかったが、土曜の朝を利用して読み終える。文体はやさしい。ストーリーも退屈な訳ではない。むしろ起伏に富んでいる。でもなかなか読み進めない。なにが言いたいのだろうか。何が書いてあるんだろうか。そんな疑問がする小説であった。別に、そのまま読めばいいのだろうが、そのまま読まさないのが著者の力量か。とにかく読むのがしんどい。別に難しくないのだが。
◆まほろ駅前多田便利軒 三浦氏しをん 文芸春秋社
18.8.31 Thu
東京都下の架空の都市まほろ市に便利屋を営む多田啓介と高校時代の同級生であり居候でもある行天春彦コンビの、楽しくも温かい物語であり、作者しをんの生きることへの「想い」のメッセージでもある。多田と行天のコンビは、受けた傷を沈黙で癒し、饒舌で治し、登場する様々な不幸と傷と涙を抱えた人々を「本気」で抱きかかえて、最後の3行に向かって走っていく。ところどろに散りばめられた作者の感性がすばらしい。こういう本は、私のような世代にも読んでほしい。著者は29歳で直木賞を受賞。平岩弓枝27歳、山田詠美27歳に続き歴代3位。著者のあふれる才能を感じる。
◆下山事件 最後の証言 柴田哲孝 詳伝社
18.8.30 Wed
昭和24年7月6日未明、初代国鉄総裁下山定則の轢死体が常磐線の北千住駅と綾瀬駅との中間地点で発見された。東大法医学では他殺、慶応法医学では自殺、警視庁捜査一課では自殺、捜査二課では他殺と見立てて動いていたが、急遽自殺ということで処理されることとなる。いわゆる下山事件である。これまで幾多の書物が出されてきた。私も相当のものを読んできた。一昨年も森達也の「下山事件」を読んだばかりである。本書は、これまでに書かれたことを丹念に検証するとともに、近親者にこの下山事件の鍵を握る者がいたことから、他の追従を許さない事実が積み重ねられている。なによりも、下山事件に関する資料の読み込みがすばらしい。事件の背景となる、当時の社会情勢、政治情勢の分析が深い。自殺にせよ他殺にせよ、現国鉄総裁前事務次官が死んだのである。背景に相当な事情があったに違いない。戦後史は、もっと知られなければならない。
◆江戸藩邸物語 氏家幹人 中公新書
18.8.27 Sun
今の福島県郡山市にあった守山藩の江戸藩邸記録「守山御日記」を中心に、江戸時代の武士の日常を描いている。侍も大変だ。ちなみに、江戸の人口100万人のうち武士の人口は50万人とみられている。大坂の人口は30万人から40万人で、武士の人口は1万人を超えないといわれている。どうしても江戸の風土は、武士の生活を抜きにして語れない。戦を前提としない武士には、官僚として生きるしか仕事時間がない。武士と官僚の間で、少々はみ出した侍がたくさんいたらしい。
◆その時この人がいた 井出孫六 筑摩書房
18.08.23 Wed
昭和史を彩った37の事件。「東京渡辺銀行の倒産」から「金大中の消えた日」までの37のノンフィクション。早川徳次、昭電疑獄、死刑囚正田昭などその名を知っていても、具体的な事実を知らない事件を知ることができた。著者ならではの時代背景の中で事件に切り込む視線が鮮やか。明治、大正、昭和と、この時代をもっともっと知らなければならない。語られなければならない。
◆ねじまき鳥クロニクル(第2部) 村上春樹 新潮社
18.8.10 Thu
いやはや不思議な小説だ。「僕」として登場する岡田亨は、ごくごく普通の青年なのだが、少しずつ変化していく。それとて、意識の変化であり、生活を含めて環境が劇的に変化するわけではない。ただ、なんとなく僕を巡る緊張関係が見えてきたような気がする。語弊ある言い方になるが、彼が闘うべき敵が見えてきた。もちろん闘うと言っても、肉体ではなく精神のことだが。
◆ねじまき鳥クロニクル(第1部) 村上春樹 新潮社
18.8.5 Sat
1984年6月から7月が本書の時代背景。主人公は30歳の失業者で妻がいる。別に生活に困っているわけではない。この主人公の回りに実に不思議な人物が4人から5人現れる。いまのところ主人公はいたって普通なのだが………。間宮徳太郎という老人が現れ、ノモンハンでの悲惨な戦争体験を聞いたところで第一部が終了する。実に不思議な小説である。この後に何が語られるのか。何がテーマなのか。三部作の一部を読み終えても分からないのは読み手の私が悪いのか。私が、不思議な世界に入ったことは違いない。ちなみにクロニクルとは年代記のこと。
◆殿様の通信簿 磯田道史 朝日新聞社
18.7.20 Thu
イヤハヤ面白い。通信簿とは、江戸幕府が元禄年間に幕府隠密が探索した各藩の諸事情を高官が取りまとめた「土芥寇しゅう記」のことである。藩主の人物像の記述が主らしい。ものがものだけに、当時はコピーが許されなかったようで、現存するものは東大に一冊という。これがまた面白い。本書に登場している人物は、徳川光圀、浅野内匠頭、大石内蔵助、池田綱政、前田利家、前田利常、内藤家長の本多作左衛門である。これはもう読んでもらうしかないが、戦国の気風が残る元禄期、一筋縄ではいかない大名がいたもんだ。もっとも、著者によると志村けんのバカ殿様のような大名もいたらしい。しかし、幕府隠密が何を調べていたのかと思ったら、こんなことだったのかと、納得といおうか感心といおうか。
◆万年東一 宮崎学 角川書店
18.7.13 Thu
万年東一といえば、戦前・戦後新宿を根城にした愚連隊の伝説のヒーロー。その名は、戦後世代のある種の男には轟きわたっていた。戦前・戦後の混乱期だからこそ存在しえたヒーロー。小説なので美化され、粉飾されているのはもちろんであろうが、快男児とはこういう男だとの爽快感がある。戦後の新宿史として読むのも面白い。尾津マーケット、和田マーケットに西口マーケット。懐かしの新宿が見えてくる。
◆謎とき本能寺の変 藤田達生 講談社新書
18.7.3 Mon
明智光秀の後ろにいた真犯人は誰だ。本能寺は、決して光秀の単独犯ではない、とする立場は多い。本書は足利義昭説。その歴史学的説得力は不明だが、京を追われた後の足利15第将軍義昭の活動には、目を見張るものがある。とにかく精力的。やせてもかれても源氏の末裔。武門の棟梁である。本書では義昭のその後を丹念に追っている。新しい時代に立ちはだかった男として、義昭の人物像はもっと評価されていい。守旧派とはまさの彼のことをいう。これはアイロニーでもなんでもなく、信長にとって誰が敵であったのかという論点ではなく、何が敵であったのかとすると、間違いなくこの義昭である。
◆獣たちの庭園 ジェフリー・ディーバー 文春文庫
18.7.2 Sun
これはもう男の読み物。とにかく主人公のポール・シューマンがやたらカッコいい。脇役ベルリンギャングのオットー・ヴェバーもいい。舞台は第二次世界大戦前のドイツのベルリン。ベルリンオリンピックの時期である。ポールがアメリカ海軍情報部から受けた指名はナチス要人ラインハルト・エルンストの暗殺。手に汗握る657ページ、4日間。そして4ヵ月後エピローグの粋さ。ボーン・コレクターの著者が産み出した新たなヒーロー。ギャング専門の殺し屋。ボクシングで鍛え抜かれた肉体、鋼鉄の意志・不屈の闘志と行動力。そう、本書で男のスーパーマンが誕生した。
◆黄金太閤 山室恭子 中公新書
18.6.29 Thu
天下を取った太閤秀吉は、何故あのように派手だったのか。単に、成り上がりの彼の趣味だったのか。本書はこれがテーマ。秀吉が光秀を打ち破ったのが天正10年(1582年)。その後6~7年の間に日本全国66余州を平定した。単に、武力で制圧するだけでは、いつ反旗が翻るか分からない。全国の統治が必要である。統治のためには、圧倒的な政治的権力を打ち立てなければならない。その圧倒的権力を、彼はあの派手なパフォーマンス(きらびやかな行進、花見会、壮大な寺院や城造り)につながった。最後には、悪評高い朝鮮出兵へとつながっていくという。著者が指摘する通り、秀吉のパフォーマンスは、単に彼の個人的趣味からではなく、初めて成立した全国政権として、圧倒的権力を認知させるための政治的目的があったのだろう。詳しくは本書をどうぞ。
◆悪役レスラーは笑う 森達夫 岩波新書
18.6.25 Sun
岩波新書がプロレスの本を出すとは、との想いで購入。主役はグレート東郷。懐かしい名前である。力道山を知っている世代には忘れられないプロレスラーである。本書のテーマは「プロレスとナショナリズム」。敗戦で意気消沈した日本人は、力道山の空手チョップでギブアップする外人レスラーをみて喝采を送ったものだ。その外人レスラーをブックメイキングしていたのがグレート東郷である。当時、アメリカの実業面で成功を収めていたグレート東郷は、どのような人物なのか、なぜ力道山はグレート東郷に頭が上がらなかったのか。その謎に満ちた経歴とともに、東郷自身も日本人ではなかった。戦後の日本人を元気付けた力道山はノースコリア。グレート東郷はサウスコリアともいわれている。戦後ナショナリズムは、プロレスの日本人対外国人、いや力道山対外人レスラーという形でスタートした。それをアレンジしたのがグレート東郷。その両者とも日本人ではなかった。私にとってはどうでもいいことだけど。それよりも、かって日本プロレス協会会長が右翼の児玉誉士夫、副会長が山口組三代目田岡一雄、監査役が東声会会長町井久之であったことが興味深い。
◆恋の手紙愛の手紙 半藤一利 文春新書
18.06.11 Sun
登場するタブレターは、秀吉、谷崎潤一郎、太宰治、山本五十六など総勢30名。坂本竜馬のものもある。他人に読まれることを前提としていないラブレターは、まことに素直であるということ。しかし、これが世に出て我々が読むことができるのは、受け取った方が残すからである。我々はありがたいが、書いた本人は迷惑だろうに。
◆デセプション・ポイント上・下 ダン・ブラウン 角川書店
18.6.4 Sun
作者は、『ダヴィンチ・コード』の著者である。本書のあとに書いたんのがダビンチ・コードである。ととにかく面白い。実証主義の国だけあって、科学技術のデテールがすごい。物語は、NASAとNROに大統領選という政治機構が絡まり、スケールがでかい。久しぶりの一気読みの一冊。この世界は、とても日本人には描けない。ダン・ブラウンが日本にいないからでなく、日本ではダン・ブラウンを生み出せない。何故だろう。
◆彰義隊 吉村昭 朝日新聞社
18.06.03 Sat
彰義隊とはいえ、描かれているのは上野寛永寺山主輪王寺宮法親王能久。皇族ながら幕末時の奥羽越列藩同盟の盟主となり、朝敵として抵抗し明治を迎えた。上野の戦いにおいて、図らずも敗軍の将として、根岸、三河島、尾久と巡り、仙台へと逃げ落ちるくだりは、著者ならではの取材力。こういう本を読むと、小手先で書かれたもに時間を割くことが、いかに無駄なことかと思い知らされる。
◆ウルトラ・ダラー 手嶋龍一 新潮社
18.5.26 Fri
何といおうか、ドキュメント・ノベルとうたわれているだけあって、世界政治の裏側を描いていると思えば興味深く面白い。が、小説としてと言おうか、人間の魅力を探ろうとするとチットモ面白くない。紋切り型のカッコいい男と女が登場して、世界政治は、こういう選ばれた男と女によって動かされ、こういう男と女は、こういう高価な洋服と趣味と食事で過ごしているんだ、と説明している小説。面白いことは面白いんだが、読後は複雑ですな。
◆知恵伊豆に聞け 中村彰彦 実業之日本社
18.5.22 Mon
徳川三百年を支えるには、やはり官僚群が必要である。組織の創世記には優秀な官僚群が、無定量な仕事を残す。武から文への移行期であった徳川家光の治世において、保科正之とともに徳川官僚体制を整えた「知恵伊豆」こと松平信綱の一代記。いつの時代も、破壊の後に続く新しい時代の安定のためには、忠誠心溢れた優秀な官僚が出てくるものだ。思わぬところから。と、感心しつつ読了。江戸時代の政治機構を知るのなら本著者。江戸庶民の暮らしぶりを味わいたいのなら山本一力。
◆西部劇を見て男を学んだ 芦原伸 祥伝社
18.05.11 Thu
著者は昭和21年生まれ。どうも私はこの世代の感性に弱い。ついでに大正世代にも弱い。どうも妙なコンプレックスがあるのかもしれない。本書を読んで、感動してしまった。そう、そう、そうなんだ!!俺たちは、西部劇と裕次郎を観て、これからの男としての自分のモデルを描いていたんだ。男は、西部の酒場でウイスキーのストレートをグイと一気に飲む。そこには枝豆も煮込みもない。そうだ、男は斯く在りたい。斯く在らねばならない。そんな感動が、本書を読んで沸き起こってきた。書名のとおり、西部劇を「男」を切り口に、セリフをふんだんに散りばめた映画ファン必読の一書。取り上げられている西部劇は16作品。映画を観ていれば自然と泣けてくるセリフも多い。
◆映画のなかのアメリカ 藤原帰一 朝日新聞社
18.05.09 Tue
著者は東大教授の政治学者。素材となった映画は、我等の生涯の最良の日、帰郷、タクシードライバー、若き日のリンカーン、パララックス・ビュー、荒野の決闘、大いなる西部、ジャイアンツ、狩人の夜、エルマー・ガントリー、ロッキー、カジュアリティーズ、グリーン・ベレー、愛の落日、上海特急、風とライオン、サウンド・オブ・ミュージック、タイタニック、ミリオンダラー・ベイビー、疑惑の影、影なき狙撃者、テスタメント、キッスで殺せ、月光の女、深夜の告白、白いドレスの女、国民の創生、悲しみは空の彼方に、青いドレスの女、市民ケーン、地獄の英雄、ディズニー、栄光何するものぞ、最前線物語、アメリカの影、ドゥ・ザ・ライト・シング、ナイト・オンザ・プラネット等々。切り口は、戦争、大統領の陰謀、東部と西部、市民宗教、人種等々。俳優よりは創り手の立ち位置(思想)を、時代の流れのなかで解きほぐしていく。時代感覚の欠落した映画は面白くない、とまでは主張していないが、思想のない映画は面白くないとは言っているようだ。長治や晴郎の評論では味わえない映画についての薀蓄。映画っていいもんですね。
◆パズル・パレス ダン・ブラウン 角川書店
18.5.5 Fri
舞台はNAS(国家安全保障局)とスペインのセビーリア。主人公は、NASの暗号解読課主任スーザン・フレチャーとジョージタウン大学教授で現代言語学専攻のデヴィット・ベッカー。本当の主人公は、NASの暗号解読用のスパーコンピュータ<トランスレーター>である。その実際の存否は知らないが、エシュロン(ECHELON)という全世界通信傍受システムを知っている我々には絵空事と思えない世界が、描かれている。本書で登場する敵役は日系人エンセイ・タンカド。彼が口にする「だれが番人を監視するのか!」の警鐘は正しい。どういう意味かは本書を読むしかない。
◆暗く聖なる夜<上・下> マイクル・コナリー 講談社文庫
18・4・15 Sat
上下併せて600ページ。だが字は大きい。それでいて上下併せて1,600円。翻訳はいただけない。イキイキとした会話がない。しかし面白い。これはストーリーがしっかりしていることと、やはり主役がいい。ハリー・ボッシュ、ハリウッド署殺人課の元刑事、52歳、離婚暦のある独身。決してスーパーマンではない。そこに生身の人間が居る。ハリー・ボッシュであることにこだわる男が居る。そんな主人公です。
◆杏花爛漫<小説佐久間象山>上・下 井出孫六 朝日新聞社
18.4.1 Sun
忙しいときは、このような本を手に取る。ノンフィクション作家の小説であるから、限りなくノンフィクションに近い。象山の著述がそのまま多々引用されている。幕末碩学の象山の文である。読みづらい。が、彼の博学供覧ぶりがよく伝わってくる。吉田松陰、小林虎三郎、勝海舟、河井継之助、坂本龍馬、橋本左内、加藤弘之は象山の門下生である。元治元年(1864年)7月11日、三条木屋町で前田伊右衛門、河上彦斎らにより暗殺された。その後河上彦斎は象山の事歴を知ると、あまりに大物を殺害してしまったことに愕然とし、人斬りと名高かった彼が暗殺をやめてしまったという。その象山が、どのように偉大であったのかは、本書を読めば良く分かる。その偉大さは、政治家としてではなく、明確な意識を持った科学者、思想家として偉大である。
◆シリウスの道 藤原伊織 文藝春秋
18・03・11 Sat
確定申告時期の忙しいときに手にとってしまったのがいけなかった。出先への移動の電車の中で読んでいたのだが、金曜日の夜と土曜日の午後、仕事をしなければならない事務所で、一気に読み終わった。藤原作品の主人公はみんなカッコいい。まず、①困難な競争に勝ち進み、しかるべき業界のしかるべきポジションにいる。それぐらい経済社会で優秀な人物である。次に、②屈折している。というか、歪んだ会社組織や体制に馴染めない垂直な生真面目さが、反抗的という屈折した行動に出る。③知的レベル以上に腕力がある。はやい話喧嘩が強い。④デブでない。⑤ハゲでない。⑥名前も響きがいい。そして⑦過去に深い傷を負っている。など、とにかくカッコいいのだ。主人公辰村祐介も、大手広告代理店に勤務する38歳。以上の7要件のすべてを超える男なのである。酒も強い。ストーリーを紹介する余裕はないが、できる男は、失敗も、挫折も、カッコいい、という話が本書。決して、面白くないのではない。一気に読み終えるほど面白いのだ。ただ、辰村祐介は私とは違いすぎる。もっとも、ハードボイルドの主人公で私と似ている男は絶対いない。人生をヨタヨタと生きている男は、生煮えの卵のようなもんなんだから。
◆暗礁 黒川博行 幻冬舎
18.03.05 Sun
ヤクザ組織二蝶会の幹部桑原と建設コンサルタント二宮のコンビシリーズ第三作目。桑原・二宮の爆笑トーク炸裂。大阪弁はおもろいし、大阪人はケッタイなやつが多い。コテコテの大阪ヤクザとチョイと外れたコンサルタントの最強コンビが大阪、奈良、沖縄と暴れまわる。相手は奈良県警と運送会社とそこらじゅうのヤクザ。なんといっても桑原兄いのイケイケ振りがすばらしい。読んでスッキリ。浮世の悩みなんて小さい小さい。
◆戦国の山城をゆく 安部龍太郎 集英社新書
18.2.26 Sun
著者は、戦国時代に関しては若手歴史作家のナンバーワンであろう。その著者が、岐阜城、岩村城、観音寺城・安土城、越前一乗谷城、小谷城、比叡山延暦寺、信貴山城、弥勒寺山城、丹波八上城、播州三木城、洲本城、紀州根来寺を取材で踏破して書いたレポートである。城が主人公であるが、守るものと攻めるものとが描かれる。当然、篭城戦に勝利はなく、いずれ落城する。戦は命のやり取りである。落城とともに散る城主の気持ちは如何ばかりのものであったか。
◆蒼燈 黒川博行 文藝春秋
18.2.26 Sun
この本は難しい。日本画壇の複雑な派閥と画商の成立ちが本書を読みづらくしている。とにかく登場人物が多い。そこを丹念に読んでいくと、日本の画壇の政治性と実際の政治の世界における政治資金との絡み画よく分かる。東京佐川事件、平和相互銀行事件など、絵画が小切手代わりに使われたことはよく知られている。ただ、この作品の主人公は誰なんだ。どうも共感も反感もする人間がいない。
◆黒船以降 政治家と官僚の条件 山内昌之・中村彰彦 中央公論新社
18.2.5 Sun
眼から鱗の明治維新といえばいいのか、旧幕臣に光りを当てた幕末物。イスラム地域史専門の東大教授山内昌之氏と直木賞作家中村彰彦氏の対談集。「第一章 徳川官僚の遺産-安部正弘をどう評価するか」、「第二章 徳川斉昭と水戸学-その歴史的役割は何だったのか」、「第三章 薩摩と長州-明治維新の勝ち組」、「第四章 一会桑-京都における幕府権力の破綻」、「第五章 ふたたび徳川官僚の遺産-遺臣たちの明治時代」の構成。タイトルほどのいかめしい対談ではない。ペリー来航のときに、「外国人が来たら、酒を飲ませて仲良くなったと見せかけて、酔っ払ったら刺身包丁で殺してしまえ」といった意見が出たとか、江戸っ子の文化水準に比較して、薩長政府主導の文明開化など、鹿鳴館で踊れもしないダンスパーティーに、芸者上がりの顕官夫人を洋装させて、キセルを吹かさせていただけだとか、茨城県を「幕末の血の粛清と内戦で人材が枯渇した」とかのエピソードに事欠かない対談が進められる。旧幕臣の隅っこのそのまた端にぶら下がっていたと思われる祖先を持つ私は、「第三章 薩摩と長州-明治維新の勝ち組」を読んで喝采をした。ここだけでも立ち読みしてでも読んでいただきたい。私も、どうしても維新後の長州は好きになれんのです。
◆続幕末酒徒列伝 村島健一 講談社
18.1.30 Mon
続があるからには正がある。昔、読んだ気がして書棚を探したが見当たらない。この続は、ブック・オフで見つけて購入しておいた。登場する幕末の酒飲みは、大村益次郎以下23名。何といっても、西園寺公望、福沢諭吉、山岡鉄舟、松平春嶽、伊達宗城の酒が面白い。飲めば酔う。酔えば何かを仕出かす。その何かが、酒飲みの品格である。飲んで単に酔いつぶれるだけでは、芸がない。伊達の殿様なんか、どこで覚えたのか、家老と手をつないでライン・ダンスを披露したらしい。雑誌『酒』に連載されたものを取りまとめた本。私は酒が好きなんだが、酒飲みも好きだ。ただし自慢酒だけは御免被るが、本書の登場人物にはいなかった。追伸。本書に登場する「高橋お伝」も御免被る。
◆さらば愛しき女よ レイモンド・チャンドラー ハヤカワ文庫
18.1.29 Sun
チャンドラーは、その生涯で7篇の長編しか著してない。もちろんすべてに私立探偵フィリップ・マーロウが活躍する。マーロウは、わずかばかりの報酬でも、請け負った限りは命がけの仕事をする。「頭を殴られて、喉を絞められてても、顎を潰されて、からだをモルヒネだらけにされても、相手がへとへとになって音をあげるまで」(p312)止まることはない。何気なく手にして読み始めた本書も、これで3度目か。マイルス・デイビスのトランペットを繰り返し聴くように、チャンドラーが産み出したマーロウは、何度でも読める。このリリシズムは文学である。マーロウ7編の長編のなかでも、本書に登場するアン・リアードンは最も魅力的な女だ。
◆旅の途中 筑紫哲也 朝日新聞社
18.1.16 Mon
朝日新聞社の「一冊の本」という月刊誌に、2001年10月号から2005年1月号に「人間巡礼」というタイトルで連載したものに加筆したらしい。ジャーナリスト筑紫哲也が、新聞記者として、テレビ・キャスターとして、雑誌編集者として出会った各界の著名人についての交遊録を語ったものである。描かれた人々は、田中角栄、長嶋茂雄、丸山真男ほか24名。ジョン・ルイスや安東仁兵衛など渋い人物も登場する。さすがに朝日の正統派ジャーナリストだけあってその人脈は幅広い。単に、朝日の看板だけではこの広さは作れない。こちら側に相当な力量がないと、なんせ看板には味がないのだから。筑紫哲也はあまり好きなタイプでなかったのだけれど、誤解していたようだ。彼も、結構由緒正しい劣等生のようだ。
◆ララピポ 奥田英朗 幻冬社
18.1.14 Sat
不思議な作家だ。『最悪』、『邪魔』ではシリアスなクライムストーリーを、直木賞受賞の『空中ブランコ』では一転して、患者以上に怪しい精神科医を生み出し、本書では6人のだめ人間が渋谷の町で人生の破綻に至る様を描いている。といっても、実に下品でエロい本である。そのなかに、人間が人として破綻していく様子が窺えて物悲しい。
◆食の名文家たち 重金敦之 文藝春秋
18.1.9 Mon
夏目漱石や森鴎外ほか39名の作家の作品に登場する実在の料理屋、レストラン等の名店を、その作品とともに紹介している。一作家一店舗ではなく、複数店の紹介。100店以上が紹介されているだろう。有名な老舗、隠れ家のような店、今はもう閉店となった店。本書は優れたレストラン・料理店の案内ブック。ちなみに著者は元朝日新聞編集委員。
◆殺戮 ポール・リンゼイ 講談社文庫
18.1.9 Mon
ご存知FBI特別捜査官マイク・デブリンが活躍するサスペンスアクション。私はこのマイク・デブリンが大好きなんであります。海兵隊のようなマッチョ型でなく、CIAのような陰謀型でない、FBI型というか、デブリン型というのか、実にナイスガイであります。本書の敵は、アメリカを恐怖に陥れるテロリスト。追うデブリン。相棒は筋ジズトロフィーのFBI事務官補トニー・ボネリ。読み出しから終わりまで飽きさせない。最後の最後まで気を抜いてはならない仕掛けが施してある一作。
◆信長の棺 加藤廣 日本経済新聞社
17.12.30 Fri
この夏に小泉総理が面白い小説だったと語ったことから有名になった。別にアンチ小泉では決してないのだが、天邪鬼なのだろう、最高権力者が誉めたから読む、ということが業腹なので、読まないでおいた。風邪引きのときは、丁度いいやと読み始めたら止められない。一気読みの一冊。解き明かされる謎は、桶狭間の戦い、本能寺の変の真実、信長の遺骸である。当たり前だが、これは良質な歴史ミステリーである。歴史小説ではない。そこを間違えなければ、相当なミステリーである。
◆容疑者xの献身 東野圭吾 文藝春秋
17.12.29 Thu
275ページまでは、この作品がなぜ本年度のナンバーワン・ミステリーなのか、しかも圧倒的な支持を受けてなのか、が分からなかった。決して飽きさせるわけではないのだが、必ずしもナンバーワン作品とまでは、と感じる。ところが、276ページを過ぎると一転東野ワールドが拡がる。最後の3ページは、名著『白夜行』と重なる圧巻のエンディング。本年度ナンバーワンに違いない。
◆銭売り賽蔵 山本一力 集英社
17.12.28 Wed
深川庶民の生き様と心意気を描かせたら著者の独壇場。ストーリーはやや荒っぽいが、主人公賽蔵の「銭売り」にかけた職業観は現代にも通じる。プロフェッショナルの基本的な条件に今も昔も変わりがないということか。それとも一力ワールドが上手いということか。それにしても、本書で「金座」、「銀座」、「銭座」の仕組み、宵越しの金を持たない、持てない江戸っ子の金の使いみちがよく分かる。総合小売店のない時代である、それこそ極め細やかな専門店があったようだ。
◆妄想人生 島田雅彦 毎日新聞社
17.12.18 Sun
誇大妄想、被害妄想、関係妄想と妄想にもいろいろがあるが、精神科医によると、だんだんと誇大妄想を抱く人が少なくなってきているという。産業社会の発展とともにオジサマ族の小粒化が進んでいるという。「世の中の都合に合わせて」生きていくうちに、そうならざるをえない。本書は、作家であり大学教授である島田先生のエッセイ集。統一的なテーマは見当たらないが、作家島田の想像力と創造力が発揮された一冊。それこそ、現代社会に生きていくうちに人としての、価値の創造力と想像力を喪失していることがよく分かる。想像と創造のもとは妄想力かもしれない。
◆真田幸村 山村竜也 PHP新書
17.12.11 Sun
私達の世代では、猿飛佐助、霧隠才蔵、三好清海入道を知らないものはない。漫画や物語の世界で、徳川方の忍者と死闘を繰り広げた豊臣がたの忍者である。彼らの親分が真田幸村。我々の世代にとっては、悲劇の武将としてDNAに刻み込まれた人物である。大阪夏の陣で、あおの家康を遁走せしめた闘将幸村の障害をコンパクトにまとめた本。あまり目新しい事実も、エピソードもないが、手短に幸村を知るにはちょうどいいかもしれない。
◆震度0 横山秀夫 朝日新聞社
17.11.28 Mon
話は、N県警の本部長、警務、警備、刑事、生活安全そして交通の各部長が入り乱れて進む。舞台は、県警本部庁舎と県警幹部公舎から出て行かない。密室のような舞台で、会話を主体にストーリーが展開していく。県警幹部の失踪に端を発した事件が、キャリア、準キャリア、ノンキャリアのぶつかり合い、権力のせめぎあい、内部抗争、意地、そして野望を浮かび上がらせていく。一気に読ませてくれる。相変わらず上手。いつもながら、トリックではなく血沸き肉踊る興奮ではなく、警察組織のなかでの人間模様が面白い。しかも、そこに骨太の人間が登場する。一気に感情移入できる人物を描くのが上手い。
◆低き声にて語れ-元老院議官神田孝平 尾崎護 新潮社
17.11.25 Fri
幕末維新の興味は、革命と革命後の新体制の成立過程にある。もっぱら幕府倒壊と西南の役に眼を奪われがちだが、やはり新体制の創造過程もダイナミックな面白さがある。国家の基本方針、地方制度、議会、司法、税制等々、創りあげなければならないものは多い。このような時代に求められるのは、先ずは知識、そしてそれを活用する知恵、創りあげる腕力である。本書の主人公神田孝平は美濃国不破郡岩手村に生まれた。徳川旗本竹中家の軽輩の家臣のその次男である。通常なら世に名の残る機会はない。ところが時代は彼を必要とした。学問の分野においてである。福澤諭吉が持てる知識を啓蒙してきたが、神田孝平は国家作りにその知識を活用した。貧しいということは、その日の糧を得るために日々の大部分の時間を費やす。神田孝平も同じであるが、彼はそれ以外の時間を学問に費やした。しかもほとんど独学である。幕末に語学、数学、法律の分野に先駆者はいない。自ら学びとる以外にない。神田孝平は、薩長土肥の門閥でなく、むしろ旗本幕臣の陪臣の出でありながら、明治政府の官僚として法制度、地方制度の構築に重きをなした。明治という時代は面白い。ちなみに著者は元国税庁長官で大蔵省次官。私の遠い遠い上司であったということになる。
◆下流社会 三浦展 光文社新書
17.11.19 Sat
著者の定義する「下流」とは、単に所得が低いだけでなく、コミュニケーション能力、生活能力、働く意欲、学ぶ意欲、消費意欲、つまり総じて人生への意欲の低いことを意味している。これらの傾向は、団塊ジュニア以下の世代に特徴的に見られることが、データとともに説明されている。いささか数値データが多く読みづらいが、日本が階層化社会を形成しつつあることが読み取れる。では、なぜこのような階層化が生じるのか。なぜ同じ世代なのに、意欲あふれた生活を送る層と自分らしさという隠れ蓑のもとでダラダラとした生活を送る層とが分離してきたのか。その原因は所得格差にあり、社会構造が付加価値の浅く広い分配を必要としなくなったからである。だからといって、階層が固定化してはならない。その回避のために何が必要か。本書にその答えがあるが、正しいかどうかは今一度考えてみたい。
◆ビタミンF 重松清 新潮文庫
17.11.6 Sun
直木賞受賞作。「F」のテーマは、Family、Father、Friend、Fight、Fragile、Fortune、なによりもFiction。小題が7話詰まった短編集だが、いずれも読み応えがある。描かれている世代は、中途半端な年代である37、8歳から40台半ばの男とその家族。家族の繋がり、愛情、いたわり、すれ違いが重松ワールド世界で、やさしい目線で書き込まれている。決して事件は起こらない。ただただ家族と言う狭い世界で、その狭い世界で人は生きているということを、思い知らせてくれる。ひょっとすると家族と言う世界は、社会よりも広いのではないかと、重松はささやいているかかのようである。この7編、どれを読んでも等しく秀作。描かれている世代を超えている私でも、心が揺さぶられる。
◆政変 毎日新聞政治部 社会思想社
17.11.6 Sun
昭和49年12月1日、田中角栄から三木武夫に政権が交代した。自民党副総裁椎名悦三郎の裁定により三木総裁が誕生した。最大派閥の領袖田中角栄と弱小派閥の三木とでは勝負にならないはずなのに、その当時、三木は田中と政治的対決を互角近く戦っていた。政治理念、手法とも角栄と正反対の三木が、最後には自民党総裁となり、三木政権を獲得するまでのノンフィクションであるが、話は、昭和49年7月から11月までの5ヶ月間出来事である。政治の舞台裏は面白い。まさに権力闘争の面白みである。田中、福田、大平、三木、中曽根、椎名等々、何となく昔の政治家の力量は今よりも大きく感じる。今は、あまり政治家に力量が必要のない時代なのかもしれないが、本書を読むと自民党という器の中での出来事であるが、政治家としての執念の大きさを感じる。理念はあまり描かれていないが、どのような理念も執念なくして達成はできない。
◆生きるなんて 丸山健二 朝日新聞社
17.10.23 Sun
この本を読むのはキツイ。生きる、時間、才能、学校、仕事、親、友人、戦争、不安、健康そして死をテーマに、著者の生き様がキリキリと読み手の体に突き刺さってくる。もともと若者向けに書かれたものであるが、著者の語るがごとく「その日その日を誤魔化して」、「他人の時間のなかで生き」てきた私は、線を引きつつ読みふけった。何であろう、「三太郎の日記」という青春時代の必読書がわれわれの時代にはあったが、そのような自省的なものではない。生きることそのものに対する姿勢を問うている。生きることの相談に訪れた若者には、これを渡して回答としたい。そんな本である。久しぶりに、居住まいを正して読んだ本である。
◆ドキュメント「超」サラリーマン 読売新聞社経済部 中公新書
17.10.16 Sun
私は、官、民、自営そして浪人と、その内容は別にして職業人としての大枠としてカテゴリーは経験している。このうちサラリーマン時代は19年。サラリーをもらわなくなって10年以上が経つ。本世を読んでいて感じた、サラリーマンは大変だ。ここに登場するサラリーマンの大方は、私以上にコストとプロフィットに対する意識が高い。自分の価格を客観的に把握してもいる。自らのバリューアップにも取り組んでいる。私がサラリーを得ていたころは、まだまだ遊びがあった。もっとも一つは「官」であり、もう一つは倒産するような会社であったからかもしれないが。
◆ローカル線一人旅 谷川一巳 光文社新書
17.10.16 Sun
私は旅行に殆んど行かない。出不精で、億劫なんだろう。その代わり地図を眺めたり、その町の写真を観るのは好きである。そんな怠け者に必需品が本書。本書を読んでいると、散歩感覚で、日帰りのローカル線一人旅を楽しみたくなる。特に八高線。奈良時代からの歴史ある町である高麗川あたりで、ブラリと降りてみたい。
◆いまを生きる知恵 中野孝次 岩波書店
17.10.16 Sun
取り上げられている先人の知恵は、良寛、兼好、老子、鴨長明、道元、西行、蕪村。先人は、なにを感じ何を考えていたか。著者が抱えるテーマゆえ、取り上げられた先人は権力から程遠く、心の拠りどころを探し求める先人達が取り上げられている。先人の思いは古くはない。到達した境地も古くはない。私には思い切れないが、先人の切り開いた境地は現代人が追い求める姿でもある。決して、人間の本質は変わっていない。パンドラがその箱を空けたときから、人間の苦悩はすべて世に出てしまっている。
◆あぶく銭師たちよ昭和虚人伝 佐野眞一 筑摩書房
17.10.12 Thu
本棚に積んであったものを手にして、パラパラめくっているうちに読んでしまった。江副皓正、早坂太吉、高宮行男、細木数子、鹿内春雄、斉藤都代子を描いたノンフィクション、書かれた時期は、昭和末期に文藝春秋に掲載された。彼らがバブルで代に躍り出たときであり、彼らの絶頂期での人物伝でる。面白いのなんのって。こういうノンフィクションは、良い意味で覗き見趣味を満喫させてくれる。江副、高宮、早坂、鹿内についての経歴はある程度知っていたが、驚いたのは細木数子。テレビの画面で想像するより迫力のある人生を送ってきている。あまり得意な相手ではないが、アレルギーのない方は一読をお勧めします。
◆その日のまえに 重松清 文藝春秋
17.9.17 Sat
別冊文藝春秋に掲載された7つの小編を集めたものであるが、そのすべての水準が高い。移動の電車の中で読んだのが間違っていた。涙が止まらない。幸い老眼鏡で涙を隠したが、隠しきれるものではない。上手い、としかいいようのないストーリー。テーマは「死」。癌に侵されて人生の途中で去らなければならない本人とその家族。42歳から45歳という年で逝かなければならないつらさ、見送る周りのものの切なさが見事な筆致で描かれている。短編とはいえ全編を通じて登場人物が絡み合い、奥行きを深めている。サア、泣け、人生ってこんなに切なく、そして人間はこんなに温かい。「その日」とは逝く日のことである。
◆パンツの面目ふんどしの沽券 米原万里 筑摩書房
17.9.11 Sun
人類最初のパンツは、アダムとイブが身に着けたイチジクの葉であることが冒頭から紹介される。パンツの前提となる排泄と羞恥について歴史的、民族文化的、人類学的薀蓄が語られる。21世紀の初頭でも、トイレで紙を使うのは全人類の1/3に過ぎないこと、イエスは磔のときパンツを履いていたかどうかとか、フンドシの世界史などが語られる。特に本書でご紹介いただいた南方熊楠先生の次のエピソードには納得した。奇人南方先生は褌無用論を唱え、いつも無褌で過ごしていた。その理由は、「柵飼よりも放牧の方が衛生上良好である」からだそうだ。
◆目撃 ポール・リンゼイ 講談社文庫
17.9.11 Sun
FBIの一匹狼マイク・デヴリンが主人公。著者のポール・リンゼイは当時は現役のFBI捜査官らしい。このマイク・デヴリンがメッチャ元気が良い。舞台はデトロイト。上司には反抗するし、言うことを聴かない。勝手に仲間を集めて捜査をする。ナイスガイにはナイスガイが集まってくる。やがてチーム・デヴリンが出来上がる。内部スパイの摘発、同僚の娘の誘拐、連続殺人事件の解決と息つく暇もない。久しぶりに現われたアメリカン・ハードボイルドのヒーロー。
◆大江戸の正体 鈴木理生 三省堂
17.9.11 Sun
1590年(天正18年)8月に家康が江戸に入府したときの江戸の人口は5,000人と推定されている。その年の内におよそ30万人が江戸の町に移住してきた。その後、江戸の町は膨張する一方である。急膨張のため都市経営も急がなければならない。領地の拡大、居住地域と商業地域の整備、歓楽街の管理、官僚制度の整備、市民生活の整備、宗教政策etc.。現代の課題も江戸時代の課題も変わりない。本書は大江戸の形成史。著者は、千代田区に勤務した都市史研究家。
◆健全な肉体に狂気は宿る 内田樹・春日武彦 角川書店
17.9.4 Sun
内田先生と春日精神科医の対談集。「変化に憧れつつ、変化しない」という春日先生。「親子関係は希薄な方がいい」とする内田先生。がっぷりと四つに組んでの対談。内田先生は、人間は分かり合えっこない、として語る。「私の気持ち」がわかるひとなんか世界に一人もいない。自分だって自分が何を考えているのかわからないのに、他人にわかるわけないでしょう。春日先生は、人間が精神的に健康である条件について語る。1)自分を客観的に眺められる能力。2)物事を保留(ペンディング)しておける能力。3)秘密を持てる能力。4)物事には別解があり得ると考える柔軟性。
◆期間限定の思想 内田樹 昌文社
17.9.4 Sun
最近、書店でも名前を見るようになった内田先生の本業は、教育者(神戸女学院大学教授)に人間がして、合気道の師範して、今や絶滅の危機にあるフランス文学の研究者である。ちなみに本書の目次を眺めてみても、第一章「街場の現代思想」、第二章「説教値千金」、第三章「私事で恐縮ですが」と何と刺激的ではないですか。本当の成長とは、人間の成長には終わりがないと知ること、未来のない若者は<過去>に向かうなど、この人の本を読むと世の中を観る眼が変わらなければならないと気がつく。しかし、内田樹を読んだからといって内田樹になれるわけではない。当り前だが。
◆「生きる」という権利 安田好弘 講談社
17.8.28 Sun
人はどもまで「純」な気持ちを持ち続けることができるのか。矛盾を感じ、憤り、眼を閉じることなく、その矛盾と闘い続けることができる人は極めて稀である。その希少な人間が著者である。オウムの麻原被告の弁護人であり、死刑廃止のために闘い続けている弁護士である。麻原被告だけでなく、山谷暴動、新宿西口バス放火事件、山梨幼児誘拐殺人事件、名古屋女子大生誘拐殺人事件等の弁護人となっている。本書はその記録でもあり、著者のほとばしる感情が伝わってくる。著者の権力と闘う姿勢とその持続する意志には敬服する。理解できるし、支持もする。権力は強い。強いが故に正しいとは限らない。弱者が誤っていても社会的影響は少ないが、強者の誤りは社会が歪んでしまう。もっとも私には、著者のように逮捕されるまで権力と闘う意志はないが。
◆1985年 吉崎達彦 新潮新書
17.8.28 Sun
著者は、私が密かに注目しているエコノミストである。エコノミストであるから経済分析の力量を買っているからであろうと思われるが、経済音痴である私には、その方面での著者の評価は、きっと素晴らしいのであろうと想像するほかはない。私が、著者のセンスに驚くのは、本書のようなカテゴリーにおけるその切れ味である。今から20年前の85年を、政治、経済、世界、技術、消費、社会、事件という切り口で、鮮やかに切り取っている。戦後日本が辿り着いた頂が1985年であった。その頂上で、日本に何が起きたのか。そのテーマを、経済を「午後2時の太陽」、消費を「おいしい生活」、社会を「金妻」、「ひょうきん族」をキーワードに切り開いていくセンスには脱帽する。ましてやこの年を締めくくる事件として阪神タイガースの21年ぶりの優勝を語って本書を終えるセンスは只者ではない。
◆阿片王‐満州の夜と霧‐ 佐野眞一 新潮社
17.8.26 Fri
1932年から1945年の間、満州国が存在した。日本の関東軍によって創られた傀儡国家であるといわれる。この国家を維持するには、相当のコストを要した。また関東軍の維持費にも相当なコスト要した。通常、このコストは税金でまかなう。ところが軍部は、阿片を密売し、その上がりで国家運営と軍事運営の一部にしようと考えた。そこに登場したのが、阿片王と呼ばれた里見甫である。この里見甫は、西木正明の『疎の逝く処を知らず』でも描かれている、満州という広大な土地と戦時が産んだ爽快な人物である。通称「里見機関」という組織を創り、中国社会で阿片の密売を為した。倫理観の問題ではなく、相当な力量がなければ為しえない。いつもながら、著者の地道な取材によるノンフィクションである。事実を以って語るが故、説得力もあるが、隔靴掻痒、フラストレーションの溜まるところもある。ただ、本書により満州人脈が、戦後日本の中枢人脈として息づいていることが良く分かる。政治家、経済人、学者達の満州での経験が戦後日本を形成した。満州国という人造国家のノウハウが活きた。
◆信長軍の司令官 谷口克広 中公新書
17.8.16 Tue
「織田信長合戦全録」、「信長の親衛隊」に続く著者の中公新書での三冊目。テーマは、信長の人材育成・起用術というか、信長幹部達の出世競争の様相。軍事麺、行政麺と、それぞれの能力にあわせ信長は多彩な人材を使用していた。それだけ、領土が拡大していったということなんだろうが、人使いが荒いといえば荒い。私は、信長に感心するが、著者にも感心する。信長の部下という切り口で、ここまで史実を整理し本にするとは。歴史好きな方には読み物としても、辞典代わりとしてもお奨め。
◆不屈のために 斉藤貴男 筑摩書房
17.8.11 Thu
身近な言葉から、この国「あやうさ」を浮かびだしている。「勝ち組と負け組み」、「構造改革」、「知性停滞の証明」……。確かに著者は屈しない。時代に巻き込まれない。私のような「零細自営業者が元気に暮らせる健全社会」こそ求められる社会であるとする著者の立場に全く同感。多少非効率的であったとしても、多様性のなかに生きる価値を見出すことができるのだから。
◆徳川四百年の内緒話 ライバル敵将篇 徳川宗英 文藝春秋
17.8.11 Thu
前作はかなり面白いと感じたはずなのだが。柳に下にドジョウは二匹いないということですか。小一時間の電車の暇つぶしにはいいですが。「気取らない」、「偉ぶらない」、「欲がない」が大西郷の美質と認めるところなんか、さすが田安徳川家の当主である。それと「後の仕上げをしない後藤象二郎」には笑ってしまった。
◆男と女の悲しい死体 上野正彦 青春出版社
17.8.11 Thu
著者は元東京都監察医。死体を嫌というほど見てきている。著書「死体は語る」が大ベストテラーになった。なるほどベストテラーになるわけだ。おそらく東京は死体だらけなのであろう。戦争時の死体も白骨となって地中に埋まっている。著者40年間に2万体の死体と対峙したという。一年で500体。世の中男と女しかいない。監察医の観る死体は何らかの曰くつき。曰くの多くは、男と女の問題か仕事の問題だ。読んでて思う、死体は雄弁だ。
◆名将たちの戦争額 松村つとむ 文春新書
著者は、元幕僚で防衛大学の教官もしていた。戦に関する格言集のようなものであり、ビジネスシーンで迷ったときに使える言葉がある。決断というのは、考えに考え抜いた後は、サイコロでも良いのですから。
原則を笑うものは失敗する
名将は偶然を有利に利用する
戦争は政治の破綻である
拙い作戦も迅速であれば成功する
戦略は安全に、戦術は大胆に
先入観の奴隷になるな
得意技を持て
◆怪傑!大久保彦左衛門 百瀬明治 集英社文庫
17.7.31 Sun
天下の御意見番大久保彦左衛門の実録。残念ながら武辺においては人後に落ちない彦左衛門も、行政能力には欠けていた。名門大久保一族に生まれ、武功も数々ありながら大名になれず一介の旗本で終わったのも、武のみをもって主君に仕えようとする不器用さにある。時代は、もはや組織経営の能力が求められるようになっている。法制度の整備、組織運営、的確な情報の下での意思決定、これが彦左衛門には面白くない。武士は槍で主君に奉公する運命共同体的組織であり、文治機能的な組織で活躍する者は武士ではない。武の大久保一族は文の前に没落していく。彦左衛門の小気味いいエピソードは、時代の歯車からはみ出た者の、時を刻む歯車に対する痛烈な嫌味でもある。
◆勇のこと 津本陽 講談社文庫
17.7.24 Sun
休日の昼、フト手にとって読了。坂本龍馬と西郷隆盛が示した変革期の生き方が主題。隆盛は32歳のときに自殺を図っている。自殺未遂の経験のある英雄は稀有である。隆盛のあの私利私欲のない進退は、哲学でもあろうが、一度命を捨てた凄みからくるのではないか。そのせいだか、隆盛には度量の大きさを感じながらも、人生を捨てているとでもいおうか屈折した心情を感じる。龍馬にはそれがない。天性の明るさと爽快さを感じる。このキャラクターが龍馬を歴史の舞台に押し上げたのであろう。天下の素浪人の龍馬には政治を動かす背景がない。著者もそう考えているようだ。この本を読んで始めて知ったが、隆盛の血液型はB型らしい。私もB型。もとよりB型と歴史に残す事績とには何にも関係ない。私はそれを証明している。ちなみに隆盛は龍馬より七歳年長。
◆失敗を生かす仕事術 畑村洋太郎 講談社新書
17.7.24 Sun
失敗というカテゴリーを「学」にまで体系化した畑村教授の、社会や組織の考える際の手引書。失敗をしないためのノウハウではなく、失敗を生かすためのノウハウが紹介されている。成功体験からは学ぶものはあまりない、創造的でなければ組織は維持発展は難しく、創造的であればあるほど失敗する。社会のパラダイムが変化しているのであるから、クリエイティブであれば失敗は頻繁に起こる。ただ、成功体験のもとで昨日のとおり過ごしているとすれば、そこで起こる失敗のダメージは相当大きい。要は、再起不能の失敗を起こさないためには、恐れずに失敗を受け入れ、分析しようということである。樹木構造の失敗例、重なり組織に隙間組織、失敗における10の原因、思考の法則性、ハインリッヒの法則等のキーワードは刺激的である。
◆「道徳」という土なくして「経済」という花咲かず 日下公人 祥伝社
17.7.17 Sun
私は、「文化産業新地図」以来25年間の日下ファンである。何といっても自らの頭と言葉で語る明快さが魅力である。本書も、日本人の道徳・倫理観が経済のゆ豊かさの根源であると解く、著者独自の領域である。日本独自の倫理観が、経済のインフラとして優れているが故に、これまでの発展があったし、これからも発展する。したがってアメリカのグローバル・スタンダードの真似は必要ない、倫理観に欠く中国・韓国は気にすることはない。こう書いてしまうと誤解を与えてしまう。著者の核武装、再軍備論とともに、ここは読んでいただかないと著者の凄さは伝わらない。
◆模倣される日本 浜野保樹 祥伝社新書
17.7.17 Sun
映画、アニメ、ファッションetc.、日本文化が世界を魅了している文化である。その昔、浮世絵はヨーロッパ絵画にインパクトを与え、その技法はいまも世界の美術に息づいている。日本は、車やラジカセのようなハードを輸出しているだけではない。日本文化の政界を癒し潤している。模倣され、共感される日本文化。それは眼に見えるものだけでなく、眼に見えない生活様式も模倣され、共感されている。日本文化の素晴らしさを認識できる一冊。
◆働くということ 日本経済新聞社編 日本経済新聞社
17.7.17 Sun
日本経済新聞に2003年4月から2004年8月まで連載されたシリーズを取りまとめ加筆したもの。働くということは難しい。アルバイトのように簡単単純なスキルで産み出す付加価値は少ない。したがって賃金も安い。これは若者に共通する悩み。以前は付加価値を産み出したスキルも、いまは価値のないスキルとなってしまった。これは中高年の悩み。企業自身に価値を産み出す力があり、その企業にぶら下がっていれば良かった時代は終わった。いまや個々人が如何に価値を産み出すことができるか。そういう時代にもがく人々のノンフィクション。
◆国家の罠 佐藤優 新潮社
17.7.15 Fri
今評判のノンフィクションというか、本人が主体の手記。書かれていることが本当かどうか、どこまでが真実か分からない。それを差し引いても面白い。著者は外務省のラスプーチンと呼ばれ、東京地検特捜部に逮捕された官僚。ロシア外交と情報収集の専門家である。大学では神学を学び、大学院でも神学を哲学として研究したという。我々の知らない外交活動の一端を垣間見ることが出来る。東京地検特捜部との緊迫したやり取りもうかがい知ることが出来る。例え、虚実が入り混じっているとしてもスリリングである。お奨めの一冊。
◆江戸の盗賊 丹野顕 青春出版社
17.7.7 Thu
卵と鶏はどちらが先かは、理論的に解明できないが、泥棒と警察とでは、泥棒が先である。江戸時代には戦争における略奪行為がなくなり、犯罪としての盗賊がハッキリしてきた。それとともに警察組織も明確になってきた。その江戸時代の犯罪が、今と同じようなものであったことがよく分かる。本質的には人はそれほど変化しないものだ。五右衛門、日本左衛門、鼠小僧など、馴染の盗賊と長谷川平蔵の実像を垣間見ることも出来る。
◆クラシック音楽を楽しもう 大町陽一郎 加太川書店
17.7.7 Thu
書店で手に取り、そのまま喫茶店と電車で読む。そんな感じの音楽の入門書。「第七章 音楽の歩みと名曲」だけでも読む価値がある。26ページ。
◆山岡鉄舟 小島英熙 日本経済新聞社
17.6.21 Tue
あの西郷隆盛をして「命も、名も、金もいらぬ。始末に困る人」といわしめた山岡鉄舟。徳川御家人であり、幕末江戸城無血開城の立役者であった。饒舌な勝海舟に対し、自らの偉業を主張することなく寡黙に過ごした。時代が彼を必要とし明治天皇の侍従職となったが、それ以上の栄達を望まず、剣と禅の道に己の生きる道を進んだ。こういう姿を見ると維新後の薩長が情けなく思える。この鉄舟、酒の飲みすぎであろう52歳で亡くなった。やはり私より若い。
◆土地の文明 竹内公太郎 PHP研究所
17.6.21 Tue
著者の本は刺激的である。元国土交通省の局長であり土木の技術者である。人間の社会生活にとってインフラの重要性をよく理解している。歴史的文化も地形、気象、インフラと切り離して語れない。頼朝が鎌倉に幕府を開いた訳は、奈良に都が置かれた訳は、平城京から平安京に遷都された訳は、自然条件の中からそれを解明している。私が最も興味も持った事実は、地籍確定状況という統計。登記されている土地の境界線が公図として確定しているかどうかの割合である。なんと大阪は1%である。ちなみに東京は17%。これは歴史密度の濃い証拠であると、著者はいう。昔から土地は所有と利用が異なっていた。境界を定める術がなったのであろう。
◆猫男爵 神坂次郎 小学館
17.6.12 Sun
江戸時代、家禄120石でありながら10万石大名の家格の家筋があった。上野国新田庄岩松氏である。清和源氏、八幡太郎義家の末裔、新田氏の一族であるが、家康の勘気に触れたため不遇をかっこった。その21代満次郎俊純の物語。名跡の出といえ120石、零細企業のトップでしかない。その財政から組織運営が描かれていてかなりの面白さ。 といっても主人公は俊純ではなく、幕末の江戸の街とサムライ達、そしてエネルギッシュな庶民達。なんていうんでしょうかな、この時代の人達は、今の時代と違いイキイキとしているように思えるんですな。自分に正直というか、生きかたがストレートというか。
◆失踪日記 吾妻ひでお イースト・プレス
17.6.5 Sun
本書はマンガ。著者の実話である。流行漫画家であったらしいが、突然タバコを買いに行くと家をでて、そのままホームレス。捜索願いが出され警察の保護され、二度目はフラリと家をでてホームレス。配管工の仕事にありつき肉体労働。再び漫画家に復帰しても、今度はアル中病院で治療。壮絶な生き様がマンガで描かれている。マンガは可愛い。もともと少女を描かせれば相当な腕前らしい。失踪のくだりなんか、読んでいて他人事とは思えない。確かに世の中めんどくさいことが多すぎる。路上生活のノウハウ満載といおうか、何といおうか。お勧めの一冊。
◆真説光クラブ事件 保坂正康 角川書店
17.6.4 Sat
昭和24年11月25日、金融業者山崎晃嗣が自殺した。現役の東大法学部3年生であり、千葉県木更津市長の息子である。三島由紀夫の「青の時代」のモデルとなり、幾たびか映画や小説の題材となった。戦後アプレゲールを象徴する事件といわれている。本書は、その自殺をの理由を探るノンフィクションである。三島と山崎の関係、光クラブを取り巻く人間模様、それなりに面白い。しかい、何故光クラブなのか、そこが分からない。ただ、山崎が自殺して31年後の11月25日、三島由紀夫も自死を選んだ。
◆特捜検察の闇 魚住昭 文藝春秋
17.5.5 Thu
地検特捜部の現状を描いた作品。私と同世代の新聞記者出身のノンフィクション・ライター。扱われている事件は、特捜部元エース・ヤメ検弁護士田中森一と人権派弁護安田好弘の特捜事件。私は、田中弁護士が逮捕されたときは、やはり、安田弁護士が逮捕されたときは、何故、を感じた。読めば逮捕の、背景が良く分かる。経済事件や政治事件は、単なる強盗、殺人事件と違って、背景となる思惑、利害が入り混じり複雑である。法に照らしてではなく、体制の都合に照らして犯罪が創り上げられていくとしたら、法治国家といえない。司法のあり方に警鐘を鳴らす一冊でもある。
◆やくさ親分伝 猪野健治 ちくま文庫
17.5.5 Thu
上野の散歩の帰り、暇つぶしにと書店で手に取りそのまま購入。喫茶店でほぼ読了。結構面白かった。戦後の混乱期、並の人間ではない集団のトップになる大親分の、単なるエピソードだけではなく、考え方をうかがい知ることができた。著者によると親分の資質は、決断力、実行力、気性、情、統率力、度量、義理、礼、資金力、身だしなみらしい。間違いはない。
◆メービウスの環 ロバート・ラドラム 新潮文庫
17.4.30 Sat
電車の中で読み始めて30ページを過ぎたところで止められなくなった。これはまずい。今日はまだ仕事をしなければと、100ページで勇気を振り絞って文庫を閉じる。翌日に上下900ページを一気に読む。ロバート・ラドラムが甦った。『暗殺者』以降停滞気味のラドラムであったが、この作品はラドラムらしいスケールの大きいものになっている。残念かな、ラドラムは2001年に亡くなってしまった。最後の作品である。
◆私の家は山の向こう 文藝春秋 有田芳生
17.4.28 Thu
テレサ・テンという台湾生まれの歌手がいた。42歳でこの世を去り、その死因については様々な憶測が流れ、スパイとも言われた。この渾身のノンフィクションを読んでいると、暫し本を閉じて目頭を押さる。秀でた才能は、豊かさをもたらすであろうが、その才能が人としての普通の生き方を奪い去っていくこともある。台湾と中国の狭間で、傷つきやすい優しい性格のテレサが引き裂かれていく様が描かれている。事実を積み重ねてテレサの心情を描き出す。その時代を浮かび上がらせる。著者10年来の取材の成果である。
◆イン・ザ・プール 奥田英朗 文藝春秋
17.4.12 Tue
主人公は直木賞受賞作品『空中ブランコ』と同じく、伊良部総合病院の御曹司伊良部一朗。医学博士にして精神科医。したがって患者は、何かしらおかしい症状を抱いて訪れる。ところが、それ以上におかしいのが、この伊良部先生。どうおかしいかは、読まなければ分からない。ただ、この伊良部先生、5歳児の精神状態で、本能の赴くまま無邪気に生きている。「しなければ」よりも、「したい」を我慢できない精神科医なのである。訪れる患者は、「したい」ことが「しなければならない」ことに押しつぶされておかしくなった人。伊良部先生を見れば症状が消えるに決まっている。
◆東大で教えた社会人学 草間俊介・畑村洋太郎 文藝春秋
17.4.11 Mon
東大での講義録らしい。著者の草間氏は、東大工学部を卒業後、商社に勤め01年から税理士を開業している。畑村氏は失敗学の大家である。目次を挙げると、「働くことの意味と就職」「会社というもの」「サラリーマンとして生きる」「転職と起業」「個人として生きる」「人生の後半に備える」である。例えば「転職と起業」には「親分と子分」の項目があり、親分道と子分道が説かれている。「親分には親分の器があり、子分には子分の器がある。練習して親分になれるというものではない」、「柄にもないことをやろうとするから人は苦しむ。柄にもないことはやらないほうがいい」とある。なぜか、この項だけでも読む価値がある。
◆三国志(第二巻) 宮城谷昌光 文藝春秋
17.4.3 Sun
後漢の崩壊が始まった。本巻では中国という広大な地を治めるのは並大抵の力量では不可能であり、栄華を極めても幻のごとく去っていく様が描かれている。権力とは恐ろしい。読んでいて寒々とする。この巻では、孫堅、曹操、劉備はまだ5歳から11歳である。
◆三国志(第一巻) 宮城谷昌光 文藝春秋
17.4.2 Sat
宮城谷三国志は、「四知」から始まる。後漢の時代の政治家楊震(ようしん)の言葉である。天が知っている 地が知っている 君が知っている
私が知っている(天知る、地知る、子知る、我知る)、その意は、道に外れたことは隠せないと、とでもしておこうか。一巻は、後漢の順帝で終わっている。順帝の腹心が曹騰、三国志の英雄曹操の祖である。宮城谷「三国志」は壮大だ。英雄たちの登場はまだ先である。その底に流れる思想は四知であろう。
◆老兵は死なず 野中広務 文藝春秋
17.4.2 Sat
やや鮮度が落ちた感のある本かもしれない。が、故に読んだ。単に政局の当事者としてのドキュメンタリーではなく、引退してなお政治信条を鮮明にする著者が、現役の政治家として何を信条として行動していたのか、知りたかった。序文でそれを見つけた。ただ、ここにも広島、長崎に原爆を投下したアメリカの責任を問う件が載っていなかった。私は、広島、長崎に対するアメリカの謝罪を求めたい。それを課題の一つとする政治家が登場することを願っている。きっと、著者もそう思っているはずだ。現役の政治家を引退した今、誰憚ることなく公言できると思うのだが。
◆我、拗ね者として生涯を閉ず 本田靖春 講談社
17.3.27 Sun
昨日購入した582ページの大著を一気に読み終わった。この自伝を読んで、徹底的に低い目線からものを感じ、考え、書く、ブンヤ魂を見た。著者は、古いよき時代の読売社会部の出身の伝説の記者である。これまでも、「疵」、「不当逮捕」、「誘拐」と著者の本を読んできた。たった一行書くために、一ヶ月靴底を擦り減らして取材に歩く。凄まじい生き方の結果、血液問題の取材が原因で癌に犯される。そして、昨年暮れに亡くなった。壮絶な生き方をした著者の渾身の遺作。こういう人の生き様をみていると、とにかく羨ましい。
◆天使と悪魔(上・下) ダン・ブラウン 角川書店
17.3.26 Sat
あの「ダ・ヴィンチ・コード」の前作である。主人公は同じくハーヴァード大学教授のロバート・ラングドン。今度はヴァチカン市国が舞台。キリスト教に疎い我々にとっては、ストーリーよりもカソリックの仕組みと歴史が興味深い。話の筋は強引、残りページから判断しておおよそネタも見えてくる。それでも一気に読ませるのは、キリスト教に対する薀蓄。ダ・ヴィンチが100とすれば70位かな。
◆ザ・浅草 今中治 芸文社
17.3.10 Thu
発刊が昭和61年10月20日。絶版である。事務所近くの古本屋で発見して1,500円で購入。昭和59年4月2日から9月29日まで報知新聞の駅売り特別版に連載されていたものをとりまとめたものである。購入して「しまった」と後悔した。読み出したら止まらない。20年前の浅草の姿が紹介されている。浅草は変わっていない。20年前も今も。そして、私が徘徊した35年前とも。この忙しい時期、本書で3時間の寄り道を食った。
◆プロ論 B-ing編集部 徳間書店
17.3.9 Wed
カルロス・ゴーンを始め、各界で活躍する50人の仕事に対する考えをインタビューでとりまとめたもの。昨日書店で手に取り、電車の中だけで短時間に、結構、面白く読んだ。養老孟司と秋元康のインタビューがいい。立ち読みで結構。所要時間5分です。
◆さまよう刃 東野圭吾 朝日新聞社
17.2.20 Sun
著者のミステリーは哀しくて優しい。事件そのものよりも事件に振り回され翻弄される普通の人々に魅力がある。最愛の娘を殺された父親の復讐劇といえば陳腐だが、被害者から犯罪者へと移ろうなかで、彼を見つめる周りの人々が優しい。人は理不尽さの前に何をすればいいのだろうか。
◆事物はじまりの物語 吉村昭 ちくまプリマー新書
17.2.20 Sun
石鹸を日本で初めて造られたのは明治2年であったという。しかし品質は外国製品よりかなり劣っていた。明治23年に外国製品に対抗できる石鹸を長瀬富郎が造った。花王という商品名で売り出された。洋食を初めて食べた者は、外国に漂流したものであろうが、西洋料理店は、北村重威が明治5年に開業した。店名を精養軒とした。日の丸の旗は、薩摩藩が昇平丸という西洋型帆船に掲げたのが最初であるという。1854年のことである。マッチも明治8年に、清水誠なる人により日本で造られるようになった。その他、解剖、スキー、アイスクリーム、傘、幼稚園、電話、蚊帳、胃カメラ、万年筆などのはじまりの物語が書かれている。興味の尽きない本である。
◆巨眼の男‐西郷隆盛(三)‐ 津本陽 新潮社
17.2.6 Sun
戦争は有為の者を失う。大西郷は50歳。その他、神楽坂の芸妓がこぞって惚れたという桐野利秋、一言の発せずとも軍が規律正しく動いたという篠原国幹、海外を知悉した俊英村田新八、別府信介など。薩摩嫌いの私も、西南に散った薩人には惜別の念を覚える。明治新政府で栄華をほしいままにできた立場を捨て、西郷と義を求め元に戻る。といえば綺麗ごとすぎるが、少なくとも、佐賀の乱、西南戦争と莫大な利益を溜め込んだ土佐の岩崎弥太郎よりはるかに人物が高等だ。と私は思う。
◆歌舞伎町シノギの人々 家田荘子 主婦と生活社
17.2.6 Sun
キャバクラ嬢、ヤクザの妻、ヤクザの親分、闇金の経営者、著者の取材相手はすべて歌舞伎町を根城にする裏稼業。彼らの稼業の実態は凄まじい。その元は、普通の者たちが欲望をぎらつかせて歌舞伎町に持ち込んだものだ。吐き出すものたちの自己責任といえば、この街で落ちるお金の量は、これからも変わらない。歴史を紐解けば、歌舞伎町の裏稼業はいつも存在した。ただ、こんな小さなスペースでそのすべてをアレンジする街はない。歌舞伎町というところは凄い。
◆江戸時代を〔探索〕する 山本博文 新潮文庫
17.2.6 Sun
とにもかくにも江戸時代は面白い。本書は江戸時代の侍が生身の人間であることを明かしてくれる。出世競争も大変だ。リストラもされる。仲間のイジメもある。なにが不満なのか、遊女と心中する大身の旗本や大名もいる。人の世はいつも同じだ。
◆金融夜光虫 杉田望 講談社文庫
17.2.4 Fri
ゆうかHD(=りそなHD)の決算を巡る、監査法人と金融庁を交えた国際金融戦争の舞台裏を描いた書下ろし。実際にあった昨年の監査法人会計士の自殺を織り込み、竹中大臣は竹村大臣として登場するなど、フィクションでありながらノンフィクションのようなタッチで金融界の裏面が描かれるのだが、イマイチパンチ不足。現実の金融界と官庁、監査法人はっもっとダイナミックである。描かれる人物も、イマイチ個性がない。素材がいいだけにもっと丁寧に描いて欲しかった。しかし、面白いことは面白い。
◆昭和ミステリー大全集ハードボイルド篇 新潮社編 新潮文庫
17.1.30 Sun
島田一雄から原寮まで19人の作家の昭和時代の短編集。日本のハードボイルドが進化していることが良く分かる。それぞれの作家の代表的短編集であり、出世作でもある。時代背景は、昭和30年代から昭和64年(平成元年)まで。作家が違い、時代も主人公も違う。しかし変わらないのは、新宿が舞台に登場することか。何時の時代も新宿は、ハードな街なのだろう。中身の濃い一冊である。
◆世間の常識 日垣隆 新潮社文庫
17.1.27 Thu
論理と確率統計から「世論を誤らせる構造的なウソ」をあぶり出している。例えば「自殺報道のウソ」では、日本の若者は世界でも最も人を殺さず自殺もしないことを確率統計から示し、その理論的根拠を、日本における公正な受験競争と就職機会の充実に求めている。また、「児童虐待のウソ」では、昭和20年代、30年代には、もっと児童虐待が存在したこと示している。ただ、それは「日常」であり事件ではなかったのである。著者の切れ味は鋭い。頭が固くちゃ世間に騙されることが良く分かる。『現代日本の問題集』とともにお勧めの一冊。
◆クレヨンしんちゃん増刊号 双葉社
17.1.21 Fri
JR松戸駅のキオスクで見つけて迷わず購入。「しんちゃん」は掛値なしに面白い。疲労回復にはオロナミンCより優れているのは間違いない。電車の中で読み出して思わずシマッタ。数ページ読んで、もう笑いが止まらない。さすがに周りの眼が気にかかるが、途中で止めては中年男の名が廃る。笑いをこらえても体に悪い。そのまま読み続け、しばし抱腹絶倒の世界に浸る。読み終われば気分爽快、前向思考。これで380円。今、私が読んでいる専門書は、読めば読むほどストレスが溜まり、内容のつまらなさに暗澹となる。それでも4,200円もする。これはもう本書をご紹介するしかない。
◆僕の叔父さん網野義彦 中沢新一 集英社新書
17.1.16 Sun
日本の中世の意味を大転換させた歴史家網野義彦と宗教学者中沢新一の叔父だったとは。網野は、もののけ姫にも峰隆一郎の小説にも大きな影響を与えている。日本の庶民がいかに逞しく活動的であったかを示してくれたのが網野史観である。中沢も網野の影響を受けている。
◆私が殺した 黒川博行 創元推理文庫
17.1.15 Sat
大阪府警捜査一課深町班の吉永、小沢両刑事のコンビによるシリーズ第六弾。日本画壇・美術商業界の裏側に迫る、抱腹絶倒の警察小説。そういえば黒川兄いは、京都市立芸術大学を出て、高校の美術教師をしていたという。得意分野を題材にして筆は冴え渡る。しかし大阪人は、おばちゃんだけでなく、おっさんもお兄ちゃんもオモロイ。大阪府警はそのまま吉本にトラバーユできる。特に吉永刑事の突っ込みは絶品でっせ。
◆懐かしの町散歩術 町田忍 ちくま文庫
17.1.3 Mon
知る人ぞ知る散歩師町田忍の散歩術。著者は庶民文化研究家として紹介されている。私の知ってる町田忍は下町散歩師。浅草を歩かせれば素晴らしい案内をする。本書は著者の奥義を紹介している。そこまで大それたものではないが、自然を散歩するのもいいが、町の散歩ももちろん楽しい。
◆硝子のハンマー 貴志祐介 角川書店
17.1.3 Mon
昨年度のミステリーベストテン入りをしている、著者4年ぶりの作品である。いわゆる密室殺人物。今風のIT技術を駆使した正当派ミステリーである。このあたりは同じ密室物でも笠井潔の作品と異なる。確かに引き込まれるが、謎解きには人間の機微が少ない。私には社会派といわれるものが良い。
◆理解できない悲惨な事件 リンダ・ウルフ 晶文社
16.12.31 Fri
アメリカで生じた殺人事件のノンフィクション。著者はアメリカの女性ジャーナリスト。9話のそれぞれのタイトルは、「教授と売春婦」、「良家の息子」、「双子の産婦人科医」、「優等生の転落」、「高級住宅街の惨劇」、「性転換者とバーテンダーと富豪の令嬢」、「蒸発した女性エリート」、「傷ついた誇り」、「麻薬博士」である。いずれも社会的には犯罪を犯しそうもない立場の者たちの出来事である。アメリカと日本の病理は良く似ている。
◆巨岩の男-西郷隆盛-(二) 津本陽 新潮社
16.12.30 Thu
長州攻めから大政奉還までの物語。もともと私は、薩摩と長州は嫌である。嫌いであるが、西郷と高杉、桂は別である。特に西郷隆盛は敬愛している。キット目前に対すれば、小生なんぞメロメロになって、盲目的に追従するに違いない。この2巻は、西郷の革命政治家としての行動が描かれている。いよいよ3巻に突入するための序章が1巻と2巻。裏切られた革命家の姿が、第3巻でどう描かれるか。敬天愛人を貫いた西郷どんと、思想ではなく生き様として彼に従容した男たちを見てみたい。
◆江戸のまちは骨だらけ 鈴木理生 ちくま学芸文庫
16.12.29 Wed
東京を掘り返すと骨が出る。大田道灌の時代から絵小戸の町には寺院が多くあった。徳川家康の入府以降、江戸の都市化が進んだ。おまけに明暦3(1657)年には明暦の大火(振袖火事)が起こり10万人以上の人々が焼死し、都市の6割が消滅した。江戸の都市政策とともに寺院も郊外に移転した。当時の日本の葬儀は土葬が主流である。当然、墓地も寺院に付設していたが、どうも移転の際には骨 を打ち捨てて行ったらしい。都市史として宗教施設を研究する。まだまだ、暇ができたら時間を潰す課題に不足はない。
◆広辞苑の神話 高島俊男 文春文庫
16.12.29 Wed
週刊文春に連載されている『お言葉ですが』をまとめた第4巻。著者は1937年生まれの中国文学者で、実に碩学。週刊誌でも愛読しているが、まとめたものを読むと、これはもう高島先生の世界にドボンとはまり込む。現代日本の文明や世相を解きほぐすには、先生のような、物事に対する幅広くかつ深い知識と確固たるものの見方が必要だ。
◆歴史街道を歩く 小松重男 東京経済新報社
16.12.26 Sun
土地と歴史のエピソードを切り口に、日本全国51ヶ所を語る歴史紀行。挙げられた地は、腰越、平泉、鶴岡八幡宮、稲村ヶ崎、小来栖、備中高松、堺、万石浦、お初天神、松陰神社、熱田神宮、小樽、高野山、川越、種子島、安土城跡、本能寺、石垣山一夜城、久能山、半蔵門、東慶寺、宇都宮城、小石川御薬園、湯島聖堂、大井川、品川のお台場、五稜郭、大分、仙台、東照宮、佐和山城跡、深川芭蕉庵、松坂城址、栢山村、金沢港、適々斎塾、長岡、下関、薬師寺、石山寺、金沢文庫、八王子信松院、日本橋魚河岸、方広寺、信州上田城、愛宕山、回向院、小布施、良寛堂、シーボルト記念館
◆「上野」時空遊行 浦井正明 プレジデント社
16.12.26 Sun
著者は上野寛永寺執事。寛永寺といえば江戸初期「黒衣の宰相」といわれた天海が開山した天台宗の寺。維新までは上野の山のオーナーであった。彰義隊で有名な上野戦争により殆どが焼失し、紆余曲折を経て今の上野の山になった。本書にはその歴史が綴られている。
◆犯人に告ぐ 雫井脩介 双葉社
16.12.13 Sun
帯に「犯人よ、今夜は震えて眠れ」とある。格好いいではないか、このセリフ。一度は左遷された主人公が、メディアを通じて犯人を挑発する捜査に賭けるために、連続児童殺人事件の責任者として神奈川県警本部に復帰する。ここで描かれるのは、犯人が誰であるかではない。一つは、刑事の意地であり、誇りであり、警察組織の葛藤である。もう一つは、テレビメディアの競争である。しかし、犯人検挙という唯一の目的のために組織された捜査本部に集められた刑事たちは熱い。
◆愚か者死すべし 原寮 早川書房
16.11.28 Sun
探偵沢崎が新宿に帰ってきた。10年の歳月を経て。この間、作者は沈黙したまま。沢崎以外に描く気がないらしい。こちらも読む気がない。実に寡作な作家である。もっと書け、といいたいが、久々の沢崎に出会えば納得。話の筋が入り込んで、登場人物も多彩で、目まぐるしさを感じるが、沢崎を感じ取ればそれでいい。金曜日に購入して日曜日に読了。土曜日には読む時間がなかったことを考慮すれば、一気読みの一作。
◆巨眼の男 西郷隆盛(一) 津本陽 新潮社
16.11.21 Sun
私の大好きな西郷隆盛を津本が描いた傑作。海音寺潮五郎の西郷とまた異なり、淡々と事実を積み重ね、周辺人物の模様も入れ、それでいて西郷の心情がよく分かる筆致を連ねる。戦国から幕末へと作者の興味が移行するとともに、フィクションとノンフィクションの真ん中を描いているような津本ワールドがある。勝海舟を描いたときは、海舟の魅力が伝わってこなかったが、津本西郷はすこぶる。魅力がある。一巻は長州征伐の直前まで。冨と地位に何らの価値をもたなかった西郷の、守るべき価値とは何であったのか。俗と欲にまみれた私は、本の上でも理解したい。
◆『魔女の1ダース』 米原万理 新潮文庫
16.11.17 Wed
ロシア通訳の米原女子。ものの見方考え方は並じゃない。ものの見事に日本人と日本文化を客観的に捉えている。本人にとって価値は絶対的でなければ意味はないが、相対的であることを理解していなければ価値の意味が分からない。私が、なにをいいたいのかお分かりにならないだろうが、本書を読めばお分かりになる。特に、275ページの「思えば、男と女はもっとも身近な異文化、異なる宇宙」の箇所まで辿り着けば、米原女子は人生の大理解者であることを確信する。
◆熟年放浪 三宅一志 文藝春秋
16.11.13 Sat
毎年5月下旬から8月下旬ごろまで、東北・北海道にワゴン車で放浪のたびに出る、岡山県在住の建築士西ご夫婦の、出会い旅の物語である。西さんは47歳からこの清貧な放浪をされている。世には色々な人がいる。色んな人がいるが、色んなところに出て行かなくては出会わない。放浪旅で知り合う人々は、肩書や金銭に興味を示さない。本書を読むと、金はなくとも豊かな人生が送れることが分かる。ちなみに、著者は朝日新聞社の記者。
◆『絵で見る幕末日本』 エメェ・アンベール 講談社学術文庫
16.11.07 San
著者は、幕末に来日したスイス人。日本との修好条約の締結のため来日した。当時の日本の風俗を鉛筆画のスケッチとともに紀行文を大量に残していた。それが1940年に偶然にロシアで発見され、1966年に翻訳され紹介されたものが、文庫化されたものである。面白い。紀行文は飛ばして、スケッチ画を観るだけで幕末の風俗が分かる。武士、庶民、当時の寺院等のスケッチ、どれをとっても興味深い。ときどき鑑賞する一冊としてお奨め。
◆終着駅 白川道 新潮社
16・10.23 Sat
無頼派作家白川道の久々の長編。主人公は岡部武50歳。ヤクザ組織「関東将星会」の幹部。19歳のときオートバイの事故で同乗していた恋人を死なせてしまった過去を持つ。若くして母と死別し、父親は自殺した。生きる意味を失い、捨て身の生様でヤクザ組織で幹部までのしあがった。その彼が、純粋な心を持った26歳の盲目の女性「かおり」と出会うことにより、生きる意味を見つけ堅気になろうとする。生きる意味を見つけたときに待っていたのは「死」。本当に絵に描いたような設定である。先の読める分かり切ったストーリーである。が、ここに登場する男たちは熱い。自分のためでなく、誰かのために生きたいと、そしてその誰かのために生き抜く男たちがいる。白川道、1945年生まれ。『天国へ階段』以来3年目の長編。どの作品にも、悲しいまでに優しい男たちが登場する。久し振りの一気読み。
◆公安警察の手口 鈴木邦男 ちくま新書
16.10.21 Thu
著者は、新右翼団体「一水会」の元代表。プロレス評論家でもあり、予備校の講師でもある。警察にガサ入れをされること数十回。公安警察を語るに相応しい人物の一人である。その著者が、怒りを込めて、公安警察の現状と問題点を書いている。何が面白いといって、書かれていることそのものよりも、著者の生き方である。1943年、昭和18年生まれ。何年か前に三宅坂ホールでの、あるトークショーに出演されていたときにお会いした。40年間右翼運動を行われてきたとは思えない、優しく、温和で、愉快な方であった。ないよりも人間が好きな方だと感じられた。その著者が、制度としての公安警察を痛烈に批判している。いまだアパート暮らしの独身。そんなことはどうでもいいが、私としては、人間「鈴木邦男」を知ってもらう意味でもお奨め度の高い本である。
◆浅草博徒一代 佐賀純一 新潮文庫
16.10.09 Sat
著者は、土浦市の開業医。患者であった浅草の博徒伊地知栄治の一代記である。めっぽう面白い。伊地知親分は、明治35年辺りの生まれ。時代は、大正の末から昭和30年代頃。当時の世相が、社会の底辺で生きる者の逞しさが、なによりも賭場を生業としたやくざ稼業の生き様が、生き生きと語られている。その主な舞台が、深川と浅草、そして鶯谷。昭和初期の下町がどのようなものであったか、風景の描写もすばらしい。
◆ロシアは今日も荒れ模様 米原万理 講談社文庫
16.10.03 Sun
作者は、ロシア語同時通訳者であり、優れたエッセイストであり、私の話の種の提供者の一人である。こういう人の本を紹介するのは辛い。普段、私と話をしている人が読めば、ナァ~ンダ、となる。しかし、この本だけはご紹介したい。ここのところ、政治体制への嫌悪感と恐怖感からソ連時代から引き続きロシアに対する日本人のイメージは良くない。我々の世代の若きころは、ロシア文学を大いに語って、心の肥しにしてきた。本書を読めば、ロシア民族が、如何に大らかで、飾らず、本音というお腹をさらけだし、ユーモアに富んで、ずっこけているか、が良く分かる。ロシア国民の機知は、マルクスの胸像に『万国の労働者よ、ゴメンナサイ』と落書きしたことで十分理解できる。読み終われば、ロシア民族を愛さずにはいられない。
◆日本の真実 大前研一 小学館
16.10.03 Sun
著者の書くものは、話をされるのと同じく自信に満ち断定的である。先ず、内容より話し方、書き方に反感を感じる方もいるだろう。本書も霞ヶ関の天敵ナンバーワンの面目躍如で、冒頭より、いまや日本は政・財・官・マスコミ・学者の利権のペンタゴン(五角形)から、検察・国税・弁護士を加えた鉄のオクタゴン(八角形)構造により利権を貪っていると爆弾を投げる。日本政府は、銀行、不動産、小売、農業などの弱い産業を好み、税金をジャブジャブと注ぎ込み、利権のなかで税金を分配してきたと切り込み、日本経済社会の足を引っ張っているのは、このオクタゴンであるとする。そこで著者からの政策提言となり、道州制の導入をとなるのである。地域国家の最適人口は300万人から2000万人との根拠らしい。私も賛成する。アメリカだって合衆国だ。
◆大江戸世相夜話 藤田覚 中公新書
16.9.26 Sun
題名そのもの。江戸時代の世相の紹介エッセイ。話のネタにはもってこい。例えば、江戸時代の高利貸しに『烏金』というものがあったそうだ。明け方借りて夕方返す。年利は1,050%。現代の高利貸しも真っ青。金のない野菜の行商人は、烏金で七百文を借りて、大根、芋などを仕入れ、一日中行商に歩き、売上は一貫二・三百文になる。差引五・六百文の儲け。利息二十文を支払っても生活できたという。その他、遠山金四郎の刺青伝説やお代官の評判記など。けっこう面白い。
◆空中ブランコ 奥田英朗 文藝春秋
16.9.25 Sat
第131回直木賞受賞作。著者の本はこれまで『最悪』、『邪魔』のような重たいテーマの刑事ものを読んできた。すっかりこの傾向の作家とばかり思っていたが、どうしてどうして侮れない。伊良部先生のような精神科医を産み出すなんて、思いもよらない。本書に登場し、まるで精神異常というより、精神未発達な伊良部先生の治療にかかり癒されていく患者は、突然宮中ブランコに乗れなくなったサーカス団員、尖がったものに恐怖をおぼえるヤクザ、人前で異常行動に走りそうになる医師、ボールを投げることができないプロ野球選手、原稿の書けない小説家である。抱腹絶倒の精神科医が登場した。自分を見失った現代人が、自己以外の何者でもない伊良部医師と向き合ううちに見つけ出す本当の自分。人前で読めば、それこそ伊良部先生に見てもらえといわれかねない爆笑小説。
◆硝子戸の中 夏目漱石 岩波文庫
16.9.12 Sun
胃潰瘍で何度目かの床について、回復しつつある大正4年に書いた随筆。残念ながら翌大正5年に漱石は胃潰瘍で永眠した。享年50歳。フト本箱から取り出して読んだ。漱石の晩年、といっても49歳、読んでいて漱石と私のあまりものクオリティの違いに愕然として情けなくなる。この時期の漱石は『則天去私』の境地。39編の淡々とした随想に、世知辛く生きている自分があほらしくなる。私のような中年の癒しのひと時にまた再読しよう。
◆徳川四百年の内緒話 徳川宗英 文春文庫
16.9.4 Sat
書店で見つけて購入。著者はその名が示すとおり田安徳川家十一代の当主。徳川家の内輪話を集めたもの。なかなか楽しく読めた。現代の御当主ともなると、薩摩島津家の血も岩倉具視卿の血も受け継いでおられるようだ。これではテレビドラマの新撰組を観ていても落ち着かないであろう。また、家康が亡くなったときには遺産が267億6千万円(金17トン以上)があったというが、いまや跡形もないという。財産の継承は難しいということか。
◆野中広務-差別と権力- 魚住昭 講談社
16.8.30 Mon
京都府園部町長から京都府議、副知事を経て1983年の衆議院京都二区補欠選挙において57歳で衆議院議員となり、2003年に77歳で政界を引退した、元自民党幹事長野中広務の生い立ちから政界引退までのノンフィクションである。野中の顔は、二世議員にない凄みがあり、迫力に満ちている。どうみても只者ではない。彼の著書にもあるように、闘い続けた顔である。しかも、勝負の後に勝者と敗者が握手するような生易しい戦いではない闘いをである。本書に書かれた事実を読み取っても分かる。良いか悪いかは別にして、彼は常に自分なりの義と理を貫くために闘ってきている。したがって妥協がない。妥協してもマキャベリストとしての戦術でしかない。ここまで緊張した人生を77歳まで続けた政治家も少ないであろう。それは彼が受けてきた差別と無関係ではない。野中は、権力の頂点の手前までいって敗北したと著者はみる。私は、引き返したとみる。彼のは、もともと頂点に座る気はなったと、私は感じている。
◆左手首 黒川博行 新潮社
16.8.29 Sun
大阪を動かず、大阪を舞台に活躍のエンタテイメント作家、私の敬愛する黒川兄ぃの短編集。納められているのは、『内会』『徒花』『左手首』『淡雪』『帳尻』『解体』『冬桜』の6編。タイトルに誤魔化されてはいけない。コンセプトは、大阪で暮らす冴えなくもチンケで、なにをやっても裏目にでる元暴走族や不良少年など。最後の勝負にと脅迫、賭場荒しに打って出た。仕掛けた相手が悪かった。本物のヤクザ。最後まで咲くことない人生を送る羽目になった者たちの話。全編に流れる大阪の空気。大阪ヤクザと大阪府警のチョイトネジの外れた刑事を語らせれば黒川兄ぃをおいて他はありません。大阪弁の会話は参考になりマッセ。兄ぃが高校の美術教師であったとは考えられません。まあ、国語の教師よりましか、生徒のためには。
◆警視庁刑事の事件簿 杢尾堯 中央公論新社
16.8.29 Sun
著者は元警視庁刑事。現役時代の事件を振り返ってのノンフィクションである。もともと警察官向けの専門誌『捜査研究』に掲載していたものを、中公新書に取りまとめたものである。刑事を志す後輩向けに書かれている。なかなか小説では味わえない、緊迫感にあふれた話が挿入されていて面白い。刑事は大変な職業だ。仕事は時間でするものではない、犯人検挙が合格点なら、時効、迷宮は敗北の世界である。犯人を目の前にして、終電だからと帰ることはできない。90点で惜しいと、褒められ慰められる世界ではない。そのことが本書でよく分かる。私は、こういう世界が好きである。そもそも個々の仕事は、学校のテストではあるまいし、60点、70点と評価できるものではない。勝率7割で70点なんです。
◆剣豪全史 牧秀彦 光文社新書
16.8.29 Sun
剣術流派の系譜は、古墳時代前期の関東地方にに始まるという。最初の流派は、常陸国(茨城県)鹿島神宮の祝部(神官)国摩真人が創始した『鹿島の太刀』。やがてこれが鹿島神宮祝部7家に代々伝えられ関東7流となる。関西地方では、平安時代末期の陰陽師鬼一法眼を開祖とする『京八流』が誕生した。日本の剣術はここから始まる。本書は、剣術各流派と剣豪を歴史的に辿り、最後は新撰組の天然理心流で終わっている。今の世にもいろいろな人が居る。剣豪という切り口で歴史を遡れば、それこそいろんな人がいる。それが良く分かる。
◆大名たちの構造改革 谷口研語・和崎晶 ベスト新書
16.8.22 Sun
これは面白い。江戸時代の各藩の財政は、想像以上に大変だったらしい。あの大企業加賀前田藩でも、1702(元禄15)年に将軍綱吉の江戸藩邸への御成りがあったとき、御殿の造営、準備、接待等で36万両の借金をしたらしい。雇ったアルバイトの賃金も未払いとなりストライキを起こされ、接待を請け負った三文字屋にも支払が滞り、三文字屋は倒産した。江戸藩邸での二重生活や河川工事などのお手伝い普請は、各藩の財政を直撃したという。家臣も多すぎた。米沢上杉藩などは、一時期総石高に占める人件費割合が、87%にも達していた。そうなると、先ずは賃金カット、人員整理。やがて家臣の人心が離れる。しからばと、領民に対し増税を図る。一揆が起こる。そこで名君が現われ、門閥にかかわらず優秀な家臣を登用し、経費削減に着手する。守旧派との軋轢が始まる。ここを突破した藩では、新田開発、農村振興、殖産興業と構造改革を推し進め、物産交易の専売権を手に入れ、一部には密貿易へと財源を求める。いつの時代も、構造改革のできるところ(藩)とできないところ(藩)が現われる。危機感の欠如の問題か、リーダーシップの問題か、政策立案能力の不足の問題か。いずれにしても能力のない指導者を戴いた企業(藩)の社員(家臣)は不幸だ。そのことが良く分かる。
◆現代日本の問題集 日垣隆 講談社現代新書
16.8.13 FRI
著者はフリーのジャーナリストである。これまで日本の司法制度の問題などを題材にした著書があるが、なによりも、著者の生きる姿勢と主張に矛盾のないところが好きだ。本書は、現代の日本の現象を著者の眼から取り上げ、16の問題群として自身の見解を述べているが、どうもシックリこない。著者の論理が間違っているのではないが、それぞれがバラバラで、全体として何を主張したいのか良く分からない。それぞれは面白いのだが、ここは、16の問題群の奥に潜む時代の本質を問うてほしかった。
◆看守眼 横山秀夫 新潮社
16.8.10 Tue
6編の短編が収められている。それぞれの主人公は、F署警務課留置管理係主任、放送構成作家、家裁の家事調停委員、M県警情報管理課課長補佐、新聞社の整理部主任、県庁総務部秘書課長である。地方の警察、マスコミ、役所の人間が主人公。作者の得意とするフィールドである。それぞれ破綻なくまとまっているが、やはり標題となっている『看守眼』が秀逸。作者は、地方都市という視点から、そこに生きる人々の人生を切り取っている。本書も、やはり人に対する優しい視線が伝わってくる。
◆『江戸東京物語(上野・日光御成街道界隈)』 新潮社編
16.8.8 Sun
江戸時代、上野公園は寛永寺と東照宮があったところ。寛永寺の近くには、その子院が数多くあった。いまのJR上の駅辺りである。上野公園を抜け東京藝術大学の前を下ったところが谷中である。日光御成街道は、本郷追分から駒込、王子、赤羽と続き岩槻へ至る道。 この『上野、谷中、日暮里・田端、王子・赤羽』界隈は、寺院も多く、藝大、東大にも近く、明治になっても芸術・文化の香りの高い町であった。本書は、この地区の寺院の謂れなどを簡潔の記している。散歩の際にかばんに入れて歩くの適している。
◆昭和史七つの謎 保坂正康 講談社
18.8.1 Sun
本書で語られる七つの謎とは、『日本における文化大革命は、なぜ起きたか』、『真珠湾奇襲攻撃で、なぜ上陸作戦を行わなかったのか』、『戦前・戦時下の日本のスパイ合戦は、どのような内容であったのか』、『<東日本社会主義人民共和国>は誕生したか』、『なぜ陸軍軍人だけが、東京裁判で絞首刑になったか』、『占領下で日本にはなぜ反GHQ地下運動はなかったか』、最後に『M資金とは何をさし、それはどのような戦後の闇を継いでいるか』である。著者は、終戦までの昭和前半期の歴史をライフワークとする著名なノンフィクションライターであるが、切り口はいいが、やや煮詰が足りない煮物か。それぞれが掘り下げられて、一冊となるテーマであろう。
◆ヨーロッパに消えたサムライたち 太田尚樹 角川書店
16.7.31 Sat
1613年10月28日(慶長18年9月15日)、支倉六右衛門常長はサン・ファン・パウティスタ号に乗り仙台藩領牡鹿半島を出発し、スペイン、ローマへと向った。支倉常長以下180名の使節団のうち140名程度が日本人であった。先ずは、メキシコに着き、31名がスペインに渡り、そのうち26名が日本人である。残りの日本人は、帰国するものとメキシコに定住するものがいた。スペインには4年後6~9名が定住した。スペインに定住した者のうち2名は、幕府の間者である。彼らは、スペインでは厚遇されたという。スペインにはハポン姓が多く、赤ん坊の時には、日本人独特の蒙古斑ができるという。ヨーロッパに消えたサムライの末裔である。これらは、スペインでの裁判記録、教会の記録でたどることができるという。彼に関するは日本より、スペインの方が多い。日本ではキリシタン禁教とともに記録から抹消された。本書は、伊達政宗が派遣した慶長遣欧使節のヨーロッパでの記録である。著者はスペイン史専攻の大学教授。こういった本を読むと、得をした気分になる。
◆日本文明の謎を解く 竹村公太郎 清流出版社
16.7.25 Sun
著者は、元国土交通省河川局長である。失礼ながら、この本に限っては、著鞘の肩書は損をしている。ひょんなことから書店で手にとったが、奥付の肩書と本のタイトルを見て違和感があった。だが、目次をみて俄然興味が湧いた。ややマイナーな出版社(失礼!)からみて、二度と出会うことのない本と思って購入。例えば、「第1章 新・江戸開府物語」では、1600年の日本の農耕面積が140万ヘクタールであったものが、1700年には倍の300万ヘクタールに急増していることが紹介されている。新田が開発されれば、領土を巡っての争いはなくなる。徳川幕府の国土政策である。「水道」という社会インフラが、女性を家庭内労働から解放したことも紹介されている。昭和20年代の主婦の家事労働は13時間であったが、今では3~4時間に減っているらしい。また、家事労働から解放された時間を主婦がどのように費やしているかについての分析もある。まさに土木事業は国家政策である。その他、モナ・リザ、ピラミッドなどを通しての文明論。眼から鱗の一冊である。
◆降臨の群れ 船戸与一 集英社
16.7.22 Wed
船戸与一の最新作である。船戸が『非合法員』で登場したときは、日本人でもこのようなものが書けるのかと驚いた。その後『山猫の夏』、『銃撃の宴』とスケールの大きいストーリーが続き、もう船戸節の虜になった。そういえば、船戸がシナリオを書いていた『ゴルゴ13』にも夢中であった。スケールの大きさに負けない主人公がそこにいた。そのうち船戸作品の舞台は、現実の国際政治のなかで展開されるようになってきた。こうなると、現実の政治を超えた世界が描けなくなる。直木賞を受賞した『虹の谷の五月』もそうであるが、ここ10年間は、初期の作品で興奮してきた私のようなファンは、やや物足りなさを感じる。圧倒的な存在としてのヒーローが、船戸作品から消えたのだ。本書も同じような不満が残る。登場人物が現実に押し潰されているのだ。その不満は不満として、やはり船戸与一である。インドネシアのアンポン島を舞台に、イスラム原理主義とプロテスタント、インドネシア情報部とCIA、華僑に日本人、民族、宗教に国際政治が絡み、血と硝煙、狂気と絶望の世界が繰り広げられる。船戸ワールドがここにある。
◆自省録 中曽根康弘 新潮社
16.7.18 Sun
私は、権力を持つものに何となく反感を抱く。へそ曲りなのか天邪鬼なのか、中曽根元総理にしても好きか嫌いかというと、嫌いと応えてきた。根拠はない。ただ、その主張には注目してきた。私は、政治の役割は枠組みつくりだと考える。日本を、国家を、文化を、その在るべき姿のために今どのような枠組みを組み立てなければならないのかを、自らの政治課題としていることが、中曽根元総理の発言から良く理解できた。不本意ではあったろうが、国会議員の立場を離れてからの中曽根元総理の発言は、ますます説得力が増した。本書を読んでそう感じる。戦後の保守合同から自民党長期政権の戦後政治史のなかで語られる、元総理による当時の政治家の評価は、その人物を知っている最後の世代としての我々にとって、実に興味深い。戦略の立案から政策の策定、実行にいたるまでのトップの在りかたについては、短くはあるが極めて簡潔に記述してある。やはり、優れたリーダーの一人であった。そう思われる。ただ、少量であっても、自慢話の香料が匂う。また、揚げ足を取るつもりはないが、『初めてお会いする徳富(蘇峰)先生は、塚原卜伝のような風格のある人物でした』(P33)はいけない。会ったことのある人を、会ってない人に例えるのはありえない。卜伝は戦国時代の剣聖なのだから。私には、塚原卜伝の風格を想像できない。
◆反社会学講座 パオロ・マッツァリーノ イースト・プレス
16.7.10 Sat
本当はご紹介せず、一人で楽しみたい本です。著者は間違いなく日本人。キットある大学の社会学の先生です。またあるときは、必要に迫られてか、学問的観察のためか、立ち食いそばの店員もやっておられるようです。つまりこの人の正体は不明なんです。ただし、間違いなく高水準の知識人で、鋭い分析力の持ち主です。しかも、相当正しく捻くれております。例えば、論証に論証を重ねたうえで、『社会に出るとめんどくさいルールが多いので、ひきこもっていましょう』と提案します。また、社会学者だけに、フィールドワークは得意なもので、124ページには、『ふれあい』という名のスナックの都道府県別件数を、電話帳で調査して日本地図に示します。しかし≪ふれあい≫というコンセプトは、実は、如何にいいかげんであるかを見事に分析・解明します。241ページには、客観的な統計データをもとに少子化問題に論究が加えられ、『ローマ帝国は少子化によって滅んだわけではありません』と、塩野七生氏の著書を踏まえながらも正しく議論が展開しています。発売されたのはこの6月23日。もっと早く出版されていれば、参議院議員選挙の論点は正しい方向で整理されていたかもしれないと、惜しまれます。眼から鱗の抱腹絶倒非学術的社会学専門書です。
◆上野・浅草歴史散歩 台東区 人文社
16.7.4 Sun
重ね地図で江戸を訪ねる、が副題の台東区が出版した本というか地図というか。台東区の現代の地図の上に、安政3年(1856年)の江戸切り絵図を透明フィルムに写して重ねて観ることができる。ちなみに当事務所のその頃は、松平加賀守家来市川三玄の屋敷である。池波正太郎の鬼平犯科帳の世界でいえば、近くに親友岸井左馬乃助の新居があり、密偵・おまさの住んでいた与助長屋も近くであることが分かる。まさに自宅で散歩の気分。
◆大川わたり 山本一力 祥伝社
16.7.4 Sun
評論家の左高信の本に、江戸城を築いたのは大田道灌だと司馬遼太郎は書き、市井の大工が築いたと書くのが藤沢周平だ、と指摘している。山本一力の著作には、大田道灌どころか江戸城も登場しない。作家として比較できないスタンスの違いといえばそこまでであるが、その時代の政治権力とも、文化的権威とも関係なく生きた民の物語を読む喜びを満たすには、山本一力のストリーテーリングの力は抜きんでている。本書の主役のは、懸命に生きながらも、真摯に物事を見詰ても、なかなか噛み合わないもどかしさの最中にいる銀時と大川(隅田川)である。権力の象徴である江戸城は登場しない。著者のこの視線に魅力を感じる。
◆禿鷹3銀弾の森 逢坂剛 文藝春秋
16.7.1 Thu
神宮署刑事禿富鷹秋が主役の禿鷹シリーズ第3弾。大人の紙芝居。これだけのスパーマンぶりだとありうるか、ありえないかの領域を超えている。たしか、山田風太郎だと思うが、忍者を主役にしていれば、行き詰っても、最後にはパッと消せるから思いっきり書ける、と話されていた記憶がある。禿富刑事も忍者のような超人で、どんなに窮地に陥っても、いともたやすくすり抜ける。これは、貶しているのではない。ただただ痛快で、滑稽で、爽快な読み物としてお気に入りのシリーズである。しかし、第4話では、切断され手術でつながれた禿富の左腕は回復するのだろうか。
◆ダ・ヴィンチ・コード ダン・ブラウン 角川書店
16.6.26 Sat
この物語は、金曜日の午後10時46分のルーブル美術館から始まる。これは、日本人作家にはできない。次にカソリックとダ・ヴィンチが出てくる。こうなると、やはり国外ミステリーは違う、となる。物語の深夜1時半ごろ、と私は想像するのだが、このころにはもう読み続けるしかなくなる。上巻の終わりの時刻は定かでないが、下巻の154ページでは翌日土曜日の午前7時30分である。ここまでくると人との約束時間があってもすっぽかしたくなる。物語の終わりは、その土曜日の夜である。ここで読者も解放される。私が解放されたのは、6月26日土曜日の10時15分であった。久しぶりの一気読み。堪能した。しかし、イエスは不思議な存在だ。
◆臨場 横山秀夫 光文社
16.6.21 Mon
まさに旬の作家である。動機、影の季節、半落ち、クライマーズ・ハイと読んできた。いずれも、無骨な男の優しさに涙するストーリーが展開される。『臨場』には、倉石というL県警の検視官が登場する。これまでの作品にも登場したかもしれないが、この検視官は無頼である。まさに強く優しき、生きる力も資格もある男である。権威は通用しない。組織の軋轢もはねつける。一歩間違えば、紙芝居のようなヒーローが誕生するところであるが、作者にかかれば凄みのある主人公として違和感がない。作者の、警察組織、報道機関、刑事警察の捜査手法等に通暁している確実な知識が背景となっているからであろう。しかし、横山も泣かせてくれる。俺も年とともに涙腺が弱くなったか。
◆桶狭間の勇士 中村彰彦 文藝春秋
16.6.21 Mon
だいたいは、世に事績を残したが故に歴史に名を残すのであるが、さしたる事績がない若者が歴史に名を残すときがある。司馬遼太郎は、華厳の滝に身を投じた一高生藤村操をその一人として挙げている。藤村が滝淵にあった樹木に刻んだ漢詩が後追い自殺を誘い、当時の社会問題となったからである。本書の主人公毛利新介と服部小平太もこの類である。いや、かれらは立派な事績があった。信長が桶狭間で今川勢に勝利したとき、戦場で義元を討ち取ったのが毛利新介と服部小平太である。このことは、教科書にこそ載らないが、間違いのない事実であり、よく知られもしている。さて、その後、この二人はどうなったのか。信長の覇権の拡大とともに、秀吉、光成、家康等々の名は頻繁に登場しても、若くして武名をあげた毛利、服部の名は、その後トンと歴史に登場しない。そのかれらの生涯を描いたのが本書である。作者は、戦国時代から江戸時代の歴史もののいまや第一人者でる。作者の、保科正之を描いた『名君の碑』を読んだが、正之の生母お静の方は実に細やかに描かれていた。まるで藤沢周平ワールドに登場する女性の如くである。それに比べ、この作品は人物の内面への切り込みではやや劣る。が、しかしである。毛利新介と服部小平太を中心にして戦国を描くなんて、憎い憎い。歴史物の好きな方に、一読をお勧めする。
◆下山事件 森達也 新潮社
16.6.14 Mon
1949年、初代国鉄総裁下山定則氏が、常磐線の線路上で轢死体で発見された事件は、昭和史最大の謎といわれている。私も、これまで映画やテレビで観てきた。本でも読んだ記憶がある。もう新たな事実の発見のない、過去のことと忘れ去っていた。この本も、何かの雑誌で書評を読み、書店で見もしたが、あまり興味は湧かなかった。こういってしまえばセコイ話だが、古書店で本書が並んでなければ読むことはなかったと思う。いや、見つけてよかった、読んでよかった、と断言できる。ここに記されていることのどこが新しい事実なのかを判断するほどの知識は、私にはない。ただ、事実を追求し、解明しようとする著者の姿勢は、下山事件の事実がどうであったにしろ、戦後日本の政治状況を、現在から過去に遡って事実を剥がしとっていく迫力に満ちている。きっと、存命中の方々も実名で登場させているのであろう。テレビのドキュメンタリーで鍛えられた取材力は、かくも力強いのか。
◆椿山課長の七日間 浅田次郎 朝日新聞社
16.6.12 Sat
小説を読んでいて、しびれるような台詞、染み入るような情景に出会うことがある。受け手の感性にもよるが、染み入るといえば浅田次郎であろう。浅田次郎の本は「プリズン・ホテル」シリーズ、「鉄道員(ぽっぽや)」といくつか読み継いできた。とにかくうますぎる。泣くまい泣くまいと用心しつつ読みながらも、泣いてしまう。人前もかまわず鼻水が出るので、浅田の本は、深夜または早朝に読むことにしている。泣くまいではなく、泣かせてみろの気持ちで。やっぱり泣いた、この本で。ちなみに浅田と私は同じ年生まれ。捨てたもんじゃないぜ、俺たちの世代。
◆落日の王子ー蘇我入鹿 黒岩重吾 文藝春秋社
16.6.9 Thu
古代の歴史に興味が湧かないときがあった。私のような想像力に欠けるものは、実感として感じ取れないものには意欲が出てこない。そんなとき本書を読んだ。正しいかどうかは別にして、小説であるから生活が描かれる。どのようなものを食べ、飲み、男女の関係はどうであったか。本書読了後、古代史が身近になった。きっと間違ったイメージで古代を解釈しているのであろうが、イメージを創れない私にはこの方法しかない。古代貴族の生活環境を理解するには黒岩作品が一番であろう。ただ、小説としては、著者も古代を描くことに精力を使ったためか、あまり魅力的な人物は登場しない。惜しい。描かれる権力闘争が凄まじいだけに、感情を移入できる人物がほしかった。
◆てっぺん野郎 佐野眞一 講談社
16.6.8 Tue
副題に「本人も知らなかった石原慎太郎」とある。私は、政治家石原慎太郎はよく分からない。というかよく見えない。つまり評価不能ってことかな。ただ、行政マン石原慎太郎は、高く評価する。なぜならば、東京都の職員の方々の動きが、それまでとまったく異なっていることからも、優れたリーダーシップの持ち主であると想像できるからである。作家石原慎太郎は、もっと評価できる。私は必ずしも良質な読者ではないが、若いころには石原作品を読んで、感動してきた。したがって、政治家慎太郎も都知事慎太郎も、石原慎太郎が作家の衣を脱いで政治家の洋服を着ているのではなく、そのまま重ね着をしているものと感じていた。本書を読んで理解できた。慎太郎は、作家であり政治家であり、慎太郎であると。
著者の本は、東電OL殺人事件やダイエー中内功を描いたノンフィクションを読んできたが、いつもながら取材力には感服する。本書で書かれている石原家のエピソードは、エピソードを起こした石原家もたいしたもんだが、それを描き出した著者もたいしたもんだ。
なお、慎太郎より裕次郎のエピソードのほうが迫力がありましたな。なんたって我々の世代は、口を開けてスクリーンに映る裕次郎を観て、よだれをたらしていたんですから。やっぱり裕次郎はスクリーンの外でも裕次郎なんだ、って納得、感動の本です。
◆新トロイア物語 阿刀田高 講談社
16.6.6 Sun
トロイ戦争から、敗北したトロイア人によるローマ建国までの物語です。ホメロスの<イリアス><オデュッセイア>、それのヴェルギリウスの<アエネイス>に示された叙事詩が元になっている。読み始めたわけは、もちろん映画「トロイ」を観てのことである。当然、映画とはストーリーは異なっているが、当時の自然や風俗、服装、武具等が「トロイ」の映像から想像できるだけに、違和感なく読み通せた。
さすが、阿刀田高である。読みながら、北方謙二の「三国志」(角川春樹事務所)を思い出した。北方三国志では、やたら男がかっこいいのである。この阿刀田物語も男がかっこいい。ただ、北方と異なり女も存在感を持って描かれているところが北方とと阿刀田の違いか。ただ、阿刀田物語には主役級の王女が登場してくるのであるが、どうも美しさは想像できても魅力がない。これは作家の責任ではなく読み手の責任かもしれない。どうも私は昔から女を観る眼がない。
映画「トロイ」をご覧になった方に、一読をお勧めする。
◆氷川清話 勝海舟 講談社学術文庫
16.6.5 Sat
若いころに一度読みましたが、書店の店頭に積んであるものを再度購入し、電車の中で拾い読みしました。
勝の談話を取りまとめたものですが、江戸っ子の口調で小気味よく述べられています。特に、勝が西郷隆盛と横井小楠について述べた人物評論は秀逸です。西郷、横井の人物振りが鮮やかに描かれていますが、述べる勝の人物ぶりも滲み出ています。
ここだけを読んでも価値あり。