17年10月

17.10.30 Sun
 すき焼きには関西風と関東風がある。関西では、鍋に牛脂を敷き、肉を焼いてその上に醤油と砂糖で味を調える。関東では、割り下を用いて、ネギ、豆腐、シラタキとともに肉を焼いて食べる。浅草今半は関西風、本郷の江知勝は関東風と記憶している。すき焼きは本来、肉を焼かなくてはならない。美味い不味いの問題ではなく、言葉の定義の問題と心得ている。したがってすき焼きという限りは、肉は肉で焼いて食べ、その残り汁でネギ、豆腐をいただく。これがすき焼きの作法と思っているのだが、どうも家庭では理解をしてもらえない。したがっていつもブツブツ聞こえるか聞こえないような文句を言ってしまう。一言、今日は牛鍋にしよう、と宣言でもしてくれれば喜んで協力するのだが。ちなみに、浅草米久は今でも牛鍋といっている。

17.10.29 Sat
 午前中は亀戸で仕事。突然の話だが、我が家の家紋は梅小鉢。天神信仰の現われらしい。何代かをたどれば世知に長けた世渡りのうまい先祖様もいたようで、家運隆盛の折に菅公系列の梅小鉢を家紋と定めたという。ちなみに加賀の前田家も梅小鉢。当然、私のDNAは先祖様から引きついてでおり、体重の割には人間が軽いことや、それまでの己の発言にまったく拘らないこと、責任を持たないこと、声の大きい人に引きずられる傾向があること等々、いずれも代々引き継がれてきたものらしく、私の記憶している限りの先代達は管公信仰とはまったく縁もなく過ごしてきている。こういう時ぐらいは、天神様に挨拶をしておかねばと、久しぶりに亀戸天神に立ち寄った。菊祭りの最中で、しばし観賞。こういう寄り道もいいもんです。

17.10.28 Fri
 休みなく動き回っていると、曜日の感覚がなくなる。毎日が月曜日と思うと憂鬱になるが、毎日がウイークエンドと思うと楽しくなる。そんなこたぁ~絶対にないが、今日は、月例の事務所食事会。事務所から歩いて2分の「しゃぶ辰」で、しゃぶしゃぶを突っつく予定。明日、明後日も仕事。体力には自信があるが、ガソリンは補給しないと、やはりわが身も動いてくれない。では、行ってまいります。

17.10.27 Thu
 今日一日、私が立ち寄った地区は戸越、秋葉原、市ヶ谷、九段、茅場町、恵比寿、渋谷。入谷に戻ったのが19時近く。違う、やはり町の雰囲気が違う。地元に戻ったという安堵感もあるのだろうが、入谷にはいい意味でも悪い意味でも緊張感がない。思わずネクタイを外す。駅近くのドトールでコーヒーを飲み、事務所に戻る。秋の日はつるべ落とし。朝9時に事務所を出たときの明るさも、戻るころには真っ暗。入谷には、ネオンはないが提灯がそこここに灯る。これが緊張感を解きほぐす大きな要因かも知れない。今日は我慢。明日はウイークエンド、久しぶりに地元で飲ろう。

17.10.26 Wed
 祈っても仕方ないのであるが、祈りを込めた。8回の裏の阪神の攻撃、ツーアウト一塁、バッター今岡。ところが三振。前の打者、兄貴金本も三振。この8回で、阪神は完全にロッテに負けました。日本シリーズを観ていて感じました、セリーグはパリーグをなめていたと、阪神はロッテをなめていたと。少なくとも、阪神はロッテを無視していた。しかし、ロッテは着々とセリーグの覇者に照準を合わせていた。そんな闘いでした、この日本シリーズは。ロッテのバレンタイン監督は私と同世代、日本的感覚でいえば同学年。この男に負けたのならしょうがない、そんな気になります。しかし、しかし、しかし‥‥‥。もう良い、ワシャ寝る。

17.10.25 Tue
 それこそ『鬼平犯科帳の世界』という本を読んでいたら、浅漬けの薄打ち、味噌漬けの茄子、わさびと煎り酒を添えたしめ鯛なる食べ物が出てきた。江戸時代の鰻屋で実際に出されたものらしい。「わさびと煎り酒を添えたしめ鯛」は想像がつかない。私も食い意地に関しては、平蔵に引けをとらない。もし鬼平がタイムスリップして現代に現れたら、根岸香味屋のビーフシチューを馳走するから、わさびと煎り酒を添えたしめ鯛を食わせるところに案内を頼む、と申し入れたい。だんだんと、月末が近づくと話の内容にコントロールが利かなくなる。

17.10.24 Mon
 そんなことを考えるのは百人に一人だぞ、と言われるとなんだか心細くなり、小心者の私なんぞ直ぐにでも妥協したくなる。これを百万人のうち一万人の味方がいると考えると、心強くなる。全面的な対決は避けなければならないが、一人一人懐柔して味方につけて、いずれは多数派をと、考えられなくはない。要は、考え方しだいというか、気の持ちようというか、前向きというか、ポジティブシンキングというのか、とにかく世の中にお前だけだ、と言われない限りは、望みがあるということです。

17.10.23 Sun
 昨日と今日、帰りの車中は映画音楽を聴いていた。鉄道員、いそじぎ、禁じられた遊びと続いて、若い頃の映画三昧を思い出した。とにかくよく観た。三本立ての映画館を梯子するような勢いで観た。決して時間つぶしではないと思うのだが、そこから何を学んだかはよく分からない。ただ、今の若者がゲームで時間を過ごすことと違うような気がする。気の利いたセリフなんか、必死で記憶した。いつか、俺もあんな場面で、かっこよく決めてやる、と思ってメモも取った。そんな機会はありもしなかったが、ゲームからそんな想いが沸き起こるのであろうか。どちらも意味がないといえば意味がないかもしれないが。

≪雑読・濫読メモ≫に『生きるなんて』を追加しました。

17.10.22 Sat
 ロッテとロッテファンをあなどっていた。あまり悔しさはないが、阪神は完敗した。千葉ナンバーの車は乱暴で怖いと言われてきたが、千葉ロッテファンのマナーには脱帽。阪神ファンは行儀がよろしくない。7回の風船も、後片付けをして帰るのならいいが、飛ばし放しなら止めたほうがいい。いや是非、片付けて帰ろう。ロッテは強い。選手が若くてスリム。鍛えられているのが良く分かる。しかし、チケットが手に入らねェ~。阪神ファンを50年、千葉県民を35年。これでマリンスタジアムに行けなかったら、俺の人生は一体なんなんだ。

17.10.21 Fri
 朝8時過ぎに事務所を出て、市川、渋谷、恵比寿と巡り、事務所に戻ったのが午後8時過ぎ。毎日いろいろな方とお会いするが、その殆んどの方が私より若くなった。ビジネスの一線は、もう私より若い層で構成されている。当り前の話だ。マーケットを切り開くクリエイティブな発想は、我々の世代からは出てこない。そろそろ我々の役割は、見守るだけなのかも知れない。

17.10.20 Thu
 昨日、寿司屋の板さんは西田敏行がいいと、この欄で書いたら、そりゃ~、うるさくって味が分からんだろうと、早速ご指摘いただいた。そりゃ~そうだと、納得した。そこで、寿司屋は小林稔侍に訂正しておきたい。西田敏行には焼鳥屋の親父をお願いしたい。ついでにいえば、居酒屋の主には志村けん、スナックのマスターには桂歌丸、そのママには黒木瞳、ここまでくれば、小料理屋の女将には片平なぎさに登場いただきたい。こういう布陣で行き付けの店が出来上がったら、私の財政は一月と持たず破綻する。

17.10.19 Wed
 秋のこの季節、寿司が食べたい。今日、お会いした方のお昼が寿司と聞いて、急に寿司屋に駆け込みたくなった。はっきり申し上げて、東京の寿司は美味い。大阪人として、ソバと寿司は東京(江戸)に脱帽する。寿司の種類は多い。大阪の押し寿司も琵琶湖のナレズシ(鮒ずし)、奈良の柿の葉寿司も寿司。巻き寿司、手こねずし、ちらしずし、いなりずしも寿司。そのほか地方に行けば、寿司の種類はその土地ごとにある。もともと、寿司の起源は、魚肉と飯を発酵させて保存食としたもののことを称したという、その地その地に「すし」があるのは当然だろう。ところで、江戸前の握り寿司を開発したのは、江戸文政年間の華屋与兵衛という。謎の生涯を送ったらしいが、馬場啓一が彼を主人公にして本を出している。私は、この与兵衛さんに感謝する。江戸前寿司をカウンターで握ってもらい食べる喜びは疲れを吹き飛ばしてくれる。ただし板前さんが、渡哲也みたいな場合は願い下げする。こちらが見劣りして、落ち着いて食べていられない。ここは一つ、西田敏行のような板さん相手に、酒を飲んですしを食いたい。ちなみに、チェーン展開している「華屋与兵衛」と江戸前寿司の開発者たる与兵衛さんとは、まったく関係がないと思う。

17.10.18 Tue
 丸山健二の新著『生きるなんて』(朝日新聞社)の冒頭は、「生きるなんて、実にたやすいものです。」と始まる。しばらく読むと、「しかし、万難を排して、持てる能力の限界まで迫りながら、おのれの人生を間違いなく生きたという鮮烈な証を欲する者には、そう気楽な世界ではありません。」と続く。「商品としての<癒し>」により、「一時逃れの安らぎを貪ることで、その精神はますます腑抜けになり、しまいには、精神が精神としての形をなさなくなってしまう。」と進む。久しぶりに、強靭な論理とそれを表現する文章に出会った。心身ともに贅肉のついた私である。「身」はさて置き、「心」の贅肉は削ぎ落としていきたい、と考えさせられた。もっとも、丸山健二に言わせると、心身は一体であり、「身」の肉は「心」にもまとわりついているらしい。

17.10.17 Mon
 千葉ロッテがパリーグ制覇。もちろん、千葉住民としては素直にコングラチュレーション。しかし、22日の土曜日から始まる日本シリーズでは阪神が相手。矢張り阪神に勝って欲しい。が、阪神ファンとしてはペナントレースと違い、日本シリーズではあまり勝負に執着がない。お互い長いペナントを戦ってここまできたんだ。精一杯、いいプレイをみせてくれればいい。来春まで球音は聞けなのだから。そんな気持ちだ。頑張れロッテ、負けるな阪神。

17.10.16 Sun
 朝というか、夜明けに起きたら雨。止めたヤァーメタ。事務所に行くのはヤァーメタ。家の者が寝ているときから動くのだから、それこそゴキブリのようにゴソゴソと動き回る。男子たるもの、家庭では決して自己主張をしてはならない。日曜日を平和に過ごそうと思うのならば、目立たぬよう、悟られぬよう静に行動しなければならない。日中に、ブックオフとガソリンスタンドに出かけた以外は自室で一日を過ごす。これはこれでの日曜日。これからシャワーにビール。

≪雑読・濫読メモ≫に『ドキュメント「超」サラリーマン』を追加しました。
≪雑読・濫読メモ≫に『ローカル線一人旅』を追加しました。
≪雑読・濫読メモ≫に『いまを生きる知恵』を追加しました。

17.10.15 Sat
 朝起きたら頭痛。原因は昨日の痛飲。仕事に出かけ事務所に戻ったときは完全復活。午後は、久しぶりに台東区立図書館に行き、小澤征爾指揮によるチャイコフスキー「悲愴」を借りる。チャイコフスキーが「悲愴」を完成させ、その53年の生涯を閉じたのが1893年。「悲愴」のテーマは「死」。チャイコフスキーの死には謎が多く、自殺説も有力である。恵まれた才能も、それを背負って生きていくのはシンドイのだろうか。偉人の苦悩に満ちた生涯を辿るとき、「凡」である我が身をつくづく幸せと感じる。

17.10.14 Fri
 いささかくたびれた一週間でした。夜は仲間と事務所向かいの「たむら」。いつものことながら、チョイと飲み過ぎました。自宅に帰り、気がついたらソファーで寝込んでいた。週末の入口は斯くありたい。Have a nice weekend !

17.10.13 Thu
 朝、都庁に行く予定がキャンセルになった。こういう時は何となく儲けた気分になる。で、時間を仕事に使うかというと、秋葉原に新しくできたヨドバシカメラに行ったりする。イヤハヤでっかいデッカイ。8階のレストラン街に上がると、11時15分というに「光麺」の前はもはや行列。反射的に並んでしまった。光麺は上野にもあり食べたこともある。確かに美味いんだが、このコンセプトになるとラーメンというイメージが湧いてこない。食べ終わってから8階を廻る。8階のレストラン街は、明らかに若者とサラリーマンをターゲットにした店舗構成。ワイワイがやがやと食べて飲むにはちょうど良い。8階が終われば、シャワーのようにエスカレータで各階に降りてフロアーを眺める。加齢とともに、パソコン以外の電気製品には興味が薄れていくが、秋葉のヨドバシカメラはディスカウント・ショップそのもの。時計、文具、カバンを冷やかせば、ブランド物が並んでいる。ヨドバシ秋葉にしばし驚いて事務所に戻る。一息ついて大先輩の事務所のある人形町に赴き、その後、クライアントでの打ち合わせ。事務所に再び帰れば仕事の山。大部分がメール。別に仕事が好きなわけではないのだが、朝の6時から長時間業務。いささか疲れて愛車で帰宅。こんな日の車中はオスカー・ピーターソンが心地いい。

17.10.12 Wed
 今日10月12日は、元禄7年に松尾芭蕉がその生涯を閉じた日。西暦では11月28日ということで、一体いつ偲べばいいんだと思うが、ここは10月12日としておきたい。享年50才。私より5つも若い。不世出の才人と比べること自体が不遜というものであるが、彼の50年と我の55年、世に産み出したものの差はあまりにも違いすぎる。彼が「月日は百代の過客にして行かふ年も又旅人也」としたためたのは45歳のとき。私はその頃、門仲のカラオケスナックで深夜まで歌っていた。違いすぎる。

≪雑読・濫読メモ≫に『あぶく銭師たちよ昭和虚人伝』を追加しました。

17.10.11 Tue
 事務所への行きと自宅への帰り、いずれも事故を見る。車の大破にオートバイと自転車の衝突。走っている車のエネルギーの凄まじさが身にしみる。自宅に帰り一息ついたら、何故か黒澤映画の「生きる」のブランコシーンを思い出した。ガンを宣告された主人公(志村喬)が、ブランコに乗って歌う「ゴンドラの唄」のシーンである。「私は人を憎んでなんかいられない。私にはそんな暇はない」というセリフもあった。残り少ない余命を懸命に生きる姿と事故に出会いアタフタとする姿を、ダブらせて思い浮かべたのかもしれない。ガンにはなりたくないが、夜の公園でブランコに乗り「ゴンドラの唄」を、今までの自分とこれからの自分のために歌ってみたい気がする。

17.10.10 Mon
 昨日と同じく事務所で仕事。午後3時には仕事で亀戸に赴き、事務所に戻ったのが5時半。我ながらよう頑張ります。6時に車で帰宅。車中はお気に入りの唄。雨の車中はカラオケボックス。口ずさむというより大声で歌う。安奈、ワインレッドの心、リバーサイドホテル、分かってください、忍冬、この空を飛べたら、少女、恋人よ、桃色吐息、どしゃぶりの雨のなかで、池上線……。車の一人旅も良いもんですな。

17.10.9 Sun
 朝6時に愛車「伝助」に乗り事務所に向う。夕方6時に伝助に乗り家路に着く。今日の家路の友はサザンの唄。自室で、ほんのひととき本を読む。最近、古文を読んでいる。誰もいない部屋で小声で読む古文は、まるで調べのように聴こえ、酔いしれるときがある。その意味は良く分からなくても、音読をすると身体が理解しているようである。昔の人々は、声を出して読まれることを意識して文を書いていたのであろう。紙の貴重な時代、記された文は記した人の想いが凝縮されている。

17.10.8 Sat
 巨人ファンの皆様には大変申し訳ないのでありますが、阪神タイガースと読売ジャイアンツの応援歌を聞いておりますと、その格調の違いに愕然とするのであります。私は、決してアンチ巨人ではなく、純粋に阪神ファンであるだけですが、折角監督がお代わりになったのでありますから、今の応援歌はお子様ファン用にということで、読売巨人軍にはその応援歌の改革もお勧めしたいと思います。ちなみにその応援歌の格調の違いを以下に転載させていただきます。曲の2番、3番になりますと格調の格差はますます拡大してまいりますので、「闘魂こめて」は1番だけということで。

○六甲おろし(阪神軍球団歌)
1.六甲颪に颯爽と
 蒼天翔ける日輪の
 青春の覇気美しく
 輝く我が名ぞ阪神タイガース
 オウオウオウオウ阪神タイガース
 フレフレフレフレ
2.闘志溌剌起つや今  
 熱血既に敵を衝く
 獣王の意気高らかに
 無敵の我等ぞ阪神タイガース
 オウオウオウオウ阪神タイガース 
 フレフレフレフレ
3.鉄腕強打幾千度び
 鍛えてここに甲子園
 勝利に燃ゆる栄冠は
 輝く我等ぞ阪神タイガース
 オウオウオウオウ阪神タイガース
 フレフレフレフレ

○闘魂こめて(巨人軍球団歌)
 闘魂こめて 大空へ 
 球は飛ぶ飛ぶ 炎と燃えて 
 おお ジャイアンツ
 その名担いて グラウンドを 
 照らすプレイの たくましさ
 ジャイアンツ ジャイアンツ 
 ゆけゆけ それゆけ巨人軍

17.10.7 Fri
 今日は大家である東京菓子協会の記念日。夕方から懇親会に事務所のスタッフとともに出席。菓子業の祖神は田道間守命で、和歌山県海南市の「橘本神社」に菓子業およびみかんの始祖として祀られている。当菓子会館屋上にはその分神が祭られていると聞いている。あまり定かではない。昨日来、風邪気味で咳が止まらない。菓子の神様でも御利益はいただけるであろうと、ビール、日本酒、ウイスキーを自身の身体に奉納したら、段々身体かが温まって咳も止んだ。菓子祖神は出雲で願いを聴いてくださったらしい。

17.10.6 Thu
 おにぎりの形には、球型、太鼓型、俵型、三角型がある。別に、形によって味が変わるわけではないのだが、関西育ちのせいか、はたまた東京のコンビニでは販売してないせいか、俵型が懐かしい。祝い事では、角が立ってはいけないということで三角おにぎりは出さないのがしきたりと思っていたが、昨今はそうでもないみたいだ。おにぎりの形ぐらいで、渡世の角が立ったり丸く収まったりはないもんだろうが、その味で騒動が起こるのは間違いない。梅干、オカカ、昆布、たらこ、シャケは習慣の範囲内、てんぷら鶏肉は想定の範囲内、餃子が入っていた日には想定外。某所で発見しました。餃子入りおにぎり。別々に食べたほうが美味しいと思うぞ。これは本日のサプライズ。ちなみに、延ばしに延ばした原稿の締切りはいよいよ明日。出来上がりつつある原稿は、駄文の塊。当日記も支離滅裂。それでも元気に明日を迎えるこのタフさ。

17.10.5 Wde
 中野孝次の「いまを生きる知恵」を読んでいたら、鴨長明の「方丈記」にある「古京はすでに荒れて、新都はいまだならず」という言葉が紹介されていた。平清盛の福原遷都を表現したものであるが、時代の転換期を現す名文。時代の転換期、できれば創造が破壊に先行したい。破壊が先行しなければ創造はないのかもしれないが。

17.10.4 Tue
 京橋に出かけた帰りに上野アトレのたき書房で山村竜也「真田幸村」を購入。太閤伝説と幸村伝説は大阪人にとってDNA。ついでに猿飛佐助と霧隠才蔵は大阪少年の憧れ。小学生のころ佐助の真似をして木から木へと飛び移ろうとして転落骨折。以降、憧れは八尾の朝吉に移っていったが。

≪私の好きな下町とお店≫の≪その他地区≫に東日暮里の『シンデレラ』を追加しました。
≪私の好きな下町とお店≫の≪その他地区≫に九段南の『吉乃』を追加しました。

17.10.3 Mon
 今日は、前月積み残した事務所の食事会。17時半には事務所を出て、うぐいす通りを北へ進み日暮里中央通りを左折。しばらくすると東日暮里6丁目の「シンデレラ」にたどり着く。その間、のんびり歩いておよそ15分。ここはイタリア料理の美味しい隠れた名店。何でこんな所にこのようなお店が、そういうのを探すのが、私の趣味と言うか、使命というか、生甲斐。間違っても、赤坂、麻布、青山でイタリアンを見つけて喜びはしない。イヤそれはそれで嬉しいんでありますが、当たり前すぎて皆様にご報告のし甲斐がない。ということで、ここはいずれご紹介しますが、堪能堪能。月の始まりや週の始まりは斯くありたい。

17.10.2 Sun
 10月は神無月。今、神様は出雲大社に出張されている。神様は留守中ではあるが、私の住む千葉市穴川地区の氏神様である穴川神社は、今日が例大祭。マァ、神様だから出張からの一時帰宅にも時間はかかるまい。終日、自宅で仕事をしていたので、夕方散歩がてら境内をチョイと覗く。この地域に住んで30年近く。穴川神社を訪れたのはほんの数回。もっと地元を知らなければいけませんな。ここ穴川神社には、幕末の老中首座下総佐倉11万石藩主堀田正睦が祭神として祭られている。どうも堀田正睦の善政はこの穴川の地にも及んだらしい。サテ日曜日の夕方、ビール、ビール。

17.10.1 Sat
 突然何かを思い出して、気が付いたら独り言をいっていることがある。私の場合、突然に思い出すのは、決まって良くないことである。したがって出てくる言葉は、「ア、まずい!」、「ヤバイ!」、「どうしよう」など等。ときどき俺は本当に根暗だな、と嫌になるほど突然に思い出すことに良いことはなく、楽しいことや嬉しいことを突然に思い出すことはない。やっぱり、不幸は何の前触れもなく突然訪れ、幸せは捕まえにいかなければ手に入らないということの証なのか、と考えて私自身の根暗説を自己否定しているが、周りに怪しまれてもいいから幸せが突然に訪れ、ニタニタした顔付きで土曜日を終日送りたい。赤坂見附から錦糸町に向う地下鉄で、何度が「しまった」と口に出してしまった。何を思い出したかはもう忘れたが。

友廣清志税理士事務所

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2020年

9月

16日

20.09.16 Wed

 漱石の『坊ちゃん』には本名は出てこない。別に必要ないのだが、坊ちゃんを可愛がるお手伝いの清(キヨ)。坊ちゃんが松山に赴任したときは、いったいおいくつだったんだろうか。坊っちゃんは松山での教師を辞職して東京に帰ったあとは再び清と暮らすのであるが、清さんは相当に素敵な人だったんでしょうな。

2020年

9月

14日

20.09.14 Mon

 ようやく涼しくなりました。といっても蒸し暑い。まだまだ、わたしには夏です。これまでの人生において、私の場合、体型上、夏の期間が長く、秋冬の期間がが短い。暦の春夏秋冬と体感上の春夏秋冬が違うのであります。でも、夜明けが遅くなり、夜の帳が下りるのは早くなりました。総裁・総理が誰になろうと、秋はわが身にも来ております。明日あたりに、わたしにも秋が来るかな。

2020年

9月

06日

20.09.06 Sun

 なんと9月ではないですか。アジフライやらサバサンドを食べているうちに体重も増加。最近、物忘れがひどい。とくに、ドクターのいうことが、忘れるというより、頭に残らないのか、とんと身につきません。

2020年

8月

30日

20.08.30 Sun

 昼前、鯖サンドを求めて市原まで。呑みたいビールをグッとこらえる。夜、アジフライを求めて稲毛駅前の居酒屋へ。ホッピー&焼酎でアジフライをかぶりつく。これぞ千葉県民の醍醐味。

2020年

8月

27日

20.08.27 Thu

 あつい、暑い、熱い。とにかく暑い。歳とともに暑さに対する耐久力がなくなったのか、年とともに熱さが増しているのか、その両方なのか、とてもこの暑さを楽しむことなんてできません。この老体・醜体をいまさら晒す勇気はありませんが、風呂に浸かるが如くプールに浮かびたいもんです。はて、最後に泳いだのはいつのことだったのか。

2020年

8月

26日

20.08.26 Wed

 熱くて思考も停止。久しぶりに東銀座に出かけたものの、所用を済ませてそそくさと帰還。思考そのものも、行動そのものの少々分裂気味。何のために何を考えているのか、何のために動いているのかよく分かりません。もともと目の前のことにしか反応しない人間なのですが、ここのところそれが酷い。

2020年

8月

06日

20.08.06 Thu

 コロナだの暑いだのといっている間に8月。そのコロナ、専門家の間でもいろいろと話が異なります。各国の指導者の間でも対応が異なります。別に、専門家や政治家があてにならないといっているのではありません。さほど自然界と人間の身体はまだまだ分からないことが多いということでしょう。いささかコロナには飽きてきました。明日は立秋。もう秋なんですか。