18年9月

18.9.30 Sat
 赤坂見附から上野に戻ったのが11時半。知人と待ち合わせて上野精養軒で食事。事務所に帰ったのが16時。さて業務終了、といいたいところなのだが、残念なるかな原稿が残っている。しかし、昼のワインがやや利いている。待たせに待たせた挙句、いつものように出来が悪い。編集者のお怒りがひしひしと伝わってくる。このまま事務所に泊まり、深夜早朝に原稿を書くことにした。この心意気に免じてお許しいただきたい。

18.9.29 Fri
 朝9時に事務所を出て、上野、人形町、表参道と移動。また上野に戻り事務所に帰ったのが16時半。今日は事務所の食事会。第3四半期も何とか無事に終了。今年も残り3ヶ月。ここはガソリンの補給が必要。業務終了とともに御徒町の佐竹商店街にある焼肉ぱんがに一直線。原稿をお待ちの関係者の方々、申し訳ありません。月曜日にはお届けします。

18.9.28 Thu
 密かに恐れていた。いや忘れようと思っていた。敢えて意識に蓋をしていた。それが吹き出してきた。やはり、原稿の締め切りは明日だった。たかだか原稿用紙2枚程度の記事が2本。併せて4枚。たった原稿用紙4枚が私を苦しめる。

18.9.27 Wed
 事務所を出て、昭和通り、金杉通り、尾竹橋通りを横切り、少しばかり歩くと日暮里に出る。この日暮里の町は入谷、下谷、谷中と谷下にある町と異なり高台にある。この高台から風光を眺めていると「日の暮るるのを忘れてしまう里」であることから日暮しの里(日暮里)と名づけられたという。このような優雅な名称とは異なり、今や下町独特の猥雑さ(?)に溢れた町なのである。南の上野、北の北千住、西の浅草、東の日暮里と、入谷にある当事務所の主は、秋本番を迎え体と財布の心配をするのであります。

18.9.26 Tue
 身長×身長×22÷10,000=標準体重の方程式があり、この22という数値をBMIという。今の己の体重を基準にしてBMI値を測定する方程式は、BMI=体重÷身長×身長×10,000である。このBMI値が25を超えると、糖尿病、心臓病、高脂血症等の生活習慣病の発症率が、BMI値22の人よりも1.5倍多くなるという。29を超えると2倍の発症率といわれている。ご同輩、一度計算あれ。えェ~!お前は幾つかって。ご心配なく、これだけ減量しても29を超えております。ほんと、ローマと老婆と老爺は一日にして成らずでございます。

18.9.25 Mon
 山のつり橋を歩いていて、橋が落ちないかと思うのが「恐怖」で、自分が飛び込むのではないかと思うのを「不安」という。恐怖と不安はこのように区別するらしい。不安の行き着く先が恐怖ではない。週刊ダイヤモンド9月2日号の特集記事「リストラ父さんフリーター息子=悲惨世代」を読んでいて、そのあまりにもの実態に抱いた感覚は、まさに恐怖である。社会が壊れているのではないかとの恐怖。崩壊は見えないところから始まる。気が付いたときには手遅れになっている。小生が、今の時代に感じているのは恐怖なのかもしれない。

18.9.24 Sun
 不謹慎な話で申し訳ないが、日本や西洋での誘拐事件は子供が狙われる。昔の中国では、爺さんが狙われた。子供の親は多くても二人であるが、爺さんの子供や孫はたくさんいる。当然、身代金は効率よく集まる。と、ここで方程式が成り立つ。誘拐された者の身内の数×その身内の誘拐された者に対する愛情、の量である。誘拐事件を数量化するとは、またまた不謹慎極まりないが、おそらく日本および西洋の誘拐犯は、親の子に対する愛情に疑問を抱いてはいないが、子の親に対する愛情には疑問を抱いているのであろう。さすが「孝」の国中国であるが、少子化政策をとる今の中国ではきっと子供が狙われるに違いない。

18.9.23 Sat
 朝6時に事務所。レポートを作成していると9時。この3時間は一週間のうちで最も充実している。午後は一気に睡魔が襲ってくる。手元には、土用の鰻の広告コピーで有名な平賀源内の物語。エレキテルやら放屁論など江戸時代を自らの趣くままに生きた源内の50年の人生を夢に見て、土曜の午後の楽しみである転寝。この源内の墓も、事務所近くの橋場2丁目にある。板橋区に移転して今はない総泉寺の元境内に残っている。近所のご婦人が墓守をしている という。

18.9.22 Fri
 眼鏡デビューから今日で2年。入谷に事務所を移転して4年。税理士として事務所を構えて11年。毎日のようにアルコールを口にするようになって35年。この間、意識は連続しているのだが記憶は断続的である。青雲の志(?)を抱いて上京した頃も遠い彼方であれば、浪々の身に鬱々とした想いを抱いて新宿を彷徨ったのも遠い彼方である。35年前の社会は、私達若者に優しかったし、温かかった。若くて貧しいことにも価値があった。何を探していたのかは忘れてしまったが、探せば自分の求めているものがあるように感じていた。希望が幻想と同義語になるような社会ではなかった。探せば探しているものが見つかる社会、そんな国に舵取りをお願いしたい。安部君に。

18.9.21 Thu
 旗の台から祖師ヶ谷大蔵に移動し、事務所に戻ったのが午後3時半。日差しは熱いものの、日陰に入ると汗がすぐ乾く。秋はすぐそこ。季節が落ち着くと、やはり本をゆっくり読みたい。林達男、小林秀雄、吉本隆明、江藤淳の全集が本棚に眠っている。いつかは、第一巻から最終巻まで読んでみたい、そう思って揃えたのだが、買い置きした「いいちこ」は想定外のスピードで消化されるものの、これらの全集はいつまでたっても拾い読み。福澤諭吉は相当な酒飲みで、一斗樽から酒をすくい上げ、飲みながら勉強したという。やはり違う。小生は、飲みながら眠ることは出来るのだが。

18.9.20 Wed
 安部政権誕生へ。とうとう私より若い世代が日本のリーダーとなる。ここはその若さに期待したい。が、しかし、でも、but………、小生に美意識が著しく欠けていることもあるのだろうが、安部新総裁から語られる「美しい国」というイメージが今ひとつ良く分からない。強い国、元気ある国、平和な国、優しい国といろいろあるだろうが、何故美しいなのか。とにかく期待しましょう。

18.9.19 Tue
 人は様々なもので、赤道直下の国々に暖房器具を売ってこいと命令されて、①本気なって売りに行く奴、②売りに行った振りをする奴、③シベリヤに行って売ってくる奴、④命令を拒否する奴、⑤上司の無理難題にノイローゼになる奴、とマア考えられるが、我が日本人はどのタイプであろうか。統計的データはもちろんないであろうが、小生は①が40%、②が10%、③が10%、④が10%、そして⑤が30%ではないかと想像する。それよりもお前ならどうするんだと問われれば、おそらく③を選ぶんでしょう。

18.9.18 Mon
 仕事で渋谷のセルリアンホテルに赴き、レストランかるめらで昼食。ここの煮込みハンバーグ(?)は最高。頼りない食感が今一なので、普段はハンバーグに手を出さないのであるが、こいつばかりは別物。午後三時に仕事を終え、車で事務所まで送っていただく。ベンツ。後部座席から降りれば絵になったものの、助手席から。それでもベンツで下町入谷の事務所とは気分がいい。幸せはそこらじゅうに転がっている。

18.9.17 Sun 
 仏教を紐解くキーワードは、生死、慈悲そして業である。このうちの慈悲とキリスト教の愛とは、どちらが人間を救うのであろうか。本当のところを理解しているわけではないのだが、若き頃にキリスト教的愛よりも仏教的慈悲の方が、深く広いように感じた。それ以来、仏典を読まない、相当生臭い仏教徒を任じている。もっとも小生の何代か前の先祖が、さる寺の住職であったことにもよるのだが、それを差し引いても、最近読んでいる仏教関係の本やお経を読んでいると何となく気持ちが安らぐ。慈悲という、測りようもない広さをもった懐は、私のようなかなりアバウトな人間でも許されるような気がする。

≪雑読・濫読メモ≫に『司馬遼太郎で読む日本通史』を追加しました。

18.9.16 Sat
 京成大和田から事務所に戻る車中で、司馬遼太郎に関する本を拾い読みする。司馬遼太郎のテーマは、日本と日本人がどこから来てどこへ行こうとしているのかということ。いま「日本」が、政治の世界でテーマになっている。我がリーダー達は、日本をどこに向かせようとしているのか。そんなことを考えているうちに車内で転寝。気が付けば日本橋。事務所に戻って身辺整理。一日が早く一週間が早い。

18.9.15 Fri
 まったくこんな日もあるもんだ。紀子様と悠仁様の退院、麻原被告の死刑確定、竹中平蔵氏の議員の辞職表明、白鵬・朝青龍の黒星のことではない、昨日から今日へと続く我が周辺のバタバタ。おまけに阪神は中日に敗北。明日からの三連休も土曜日と月曜日は仕事。こういうときのためにアルコールがある。Have a nice Weekend !!

18.9.14 Thu
 日本人の身長は、縄文時代から弥生時代へと伸び、古墳時代にピークを迎え、江戸末期から明治初期にかけてもっとも低くなったという。江戸末期の平均身長は155.5cmと見られている。ちなみに、平成16年の男子の平均身長は170.8cm、女子は157.9cmである。私の場合、記憶している身長のピーク(?)は高校時代の172.5cmで、今は171cmである。これは、体重の増加とともに骨が圧縮されたのではないかと推察しているのだが、定かではない。最も、ここ何十年と身長なんか測ったことがないから、ひょっとしたら、身長はさらに縮んでいるのかもしれない。果たして、人間の生涯においても、身長は伸びてピークを迎え、そしてまた縮むのだろうか。なんてことを、夕方考えていたら、いつの間にか月末シンドローム突入していることに気がついた。もともと、ゴム紐を伸ばしに伸ばしたうえで、しばらく置いて元に戻したような、緩んだ生活が好みの男が、少しばかり忙しくなると、このような身長のことを考えたりする。

18.9.13 Wed
 アンチエイジングという言葉をたびたび耳にしたのだが、その意味するところが正確には理解できていなかった。今日の日経新聞夕刊で理解した。「抗加齢」と訳し、食を含めた様々な老化防止策のことらしい。しかし、どうも言葉に踊らされて、無駄な抵抗試みているような気がしてならないのだが、どうだろうか。歳相応に老化していいじゃないか、と思う。自然体で、泰然と生きる。それが最もアンチエイジングな気がする。

18.9.12 Tue
 夕方、早々に事務所を出て、職員一同で近くのしゃぶ辰へ。なかなか日程が調整できなかった月一の食事会。久しぶりにしゃぶしゃぶを突っつき、外に出ればめっきり暗さが深まり秋らしくなった。夏が終わったことを感じる。いつも思うのだが、春夏秋冬で夏ほど厄介で印象に残る季節はない。春、秋、冬の終わりに寂しさを感じないが、夏の終わりにはそれを感じる。歳とともに夏は嫌な季節なのだから、その終わりには拍手してもよさそうなものだが、やはり寂しさを感じる。

18.9.11 Mon
 上野精養軒で会合・会食。日暮れ時の上野の山の趣は格別。帰路に通る夜の上野公園は、殆んど人がいない。国立博物館の辺りは誰もいない。まさに静寂を独り占め。もっとも隠れたところに青テントの住民がいるのだが。こうして今日も酩酊。

18.9.10 Sun
 眼を覚ましたのが朝の4時。6時過ぎには気温がどんどん上昇、さすがのアンチ・エアコン派の小生も、自室を出て居間に移り、読書とテレビ。幸い家の者が出かけたので、静かに休日を過ごす。夕方には、早々といいちこの緑の野菜割り。飲みながら、人生におけるモデルチェンジのことをつらつらと考えた。長く生きてくれば、考え方(思想)と生き方のモデルチェンジを避けることができない。小生のような日和見シストにとって考え方のチェンジにそれほどのストレスを感じない。問題は、生き方のモデルチェンジだろう。人生で最初に出会うモデルチェンジは、やはり就職。次に結婚。私の場合は、失職という浪人生活に自由業の選択。これからどのようなチェンジが待ち受けているのであろうか、どのように立ち向かえばいいのか、なんて考えているうちに酩酊、思考はあらぬ方向に飛び始める。このように思考のモデルチェンジを常々実践している。

≪雑読・濫読メモ≫に『反社会学の不埒な研究報告』を追加しました。

18.9.9 Sat
 朝早く事務所に出て、一仕事の後赤坂見附。昼、事務所に戻って、昨日購入した逢坂剛の「禿鷹狩」(文藝春秋)を読み終える。気が付けば夕方。愛車「伝助Ⅱ号」で家路。weekendを久しぶりに自宅で過ごす。
 白玉の歯にしみとおる秋の夜の 酒はしずかに飲むべかりけり   若山牧水

≪雑読・濫読メモ≫に『明治無頼伝』を追加しました。
≪雑読・濫読メモ≫に『禿鷹狩ー禿鷹Ⅳ』を追加しました。

18・9・8 Fri
 朝8時半に事務所を出て、秋葉原に立ち寄って築地、新宿へと移動。事務所に戻ったのが夕方6時半。辺りはすっかり暗くなっていた。最近思うのは、リセット機能とモデル・チェンジ機能のこと。早い話が構造転換と言おうか、転進と言おうか、変り身と言うのか、世の中に合わせて変化していくことである。これは経営組織であれば当然必要なことだが、個人の領域においても求められる必要な機能である。機能というのか能力というのか、私自身ことでいえばリセット機能は優れていると思うのだが、モデル・チェンジ機能がいまいち働かない。リセットしても、またもとに戻り同じモデルで進んでしまう。これではイカンいかんと考えながら、早めにアルコールに手をつけた。これも相変わらずチェンジしない。

18.9.7 Thu
 久しぶりに松が谷の太助寿司。殆どのものを塩で食べて気が付いた。魚の甘さと香りが一段と引き立つ。磯の香りがなんとも言えない旨さ。とか何とか思っているうちにいつの間にか酩酊。こうして日一日と秋に向かっている。もう、我ながら訳が分からん。

18.9.6 Wed
 事務所を出るときに鞄の中に入れたのが聖書。仕事帰りの車内でパラパラと繰っていたら、「あなたがたいま泣いている人たちは、さいわいだ。笑うようになるからである。」(ルカ6.21)を読み、これだから聖書は止められんと得心。しかし続いての「敵を愛し、憎むものに親切にせよ。のろう者を祝福し、はずかしめる者のために祈れ、あなたの頬を打つ者にはほかの頬をも向けてやり、あなたの上着を奪い取る者には下着を拒むな。」(ルカ6.27~29)のところで、そりゃぁ~無理だ!と叫ぶ。キリストはところどころで無理難題を押し付ける。だから宗教なんだろうが、と思っているうちに眠りについて入谷。そういえば、聖書はこの後、与えよ、さらば与えられん、と続く。そうか、情けは他人のためならず、ということか、と納得。ひょっとしてこれはゴールデンルールなのかもしれん、と感じる。

18.9.5 Tue
 昨日に続き朝からバタバタ。夕方には、上野東天紅で会合。当然、減量の大敵はアルコールなのだが、9月に入ると連日のように会食が続く。これから年末に向けて、仕事、減量、財布と心配の種は尽きない。

18.9.4 Mon
 電話がかかってきたのが10時。一件落着したのが21時。11時間のロングランの交渉。こういう仕事に疲れを感じたら歳ですな。明日ももう一勝負。

18.9.3 Sun
 久しぶりにあるべき日曜日を過ごした。4時起床。昨日から読んでいる藤田五郎(新撰組三番隊長斉藤一)に関する小説を読む。幕末の混乱は明治10年まで続いた。確かに、昨日まで続いていたものがいきなり変わるもんではない。勝者がいれば敗者がいる。スポーツじゃないから、敗者はその後も抵抗する。なるほど。1879年から1897年の20年間は面白い。読み終えてブックオフ。昼過ぎには娘夫婦の愛犬ぽん子(本名アニモ)が来て、夜まで遊んでもらう。嫌がるのを追いかけるのは犬の方ではなく私の方。

《私の好きな下町とお店》の入谷地区に『普茶料理「梵」』を追加しました。

18・9・2 Sat
 夕方、幕張のホテルスプリングスで会食。減量を忘れて中華と老酒を堪能。自宅に帰るとバタン。食で満たされた後は睡眠だ。

≪雑読・濫読メモ≫に『ねじまき鳥クロニクル(第3部)』を追加しました。

18.9.1 Fri
 需要と供給の市場原理からすれば、税理士稼業は割に合わない。圧倒的な供給過剰である。その他の士業も似たようなものらしい。今、需給バランスで割りのいい稼業はナンなんだろうと調べてみたが、どうも同時通訳の世界、特にロシア語の世界は供給サイドが追いつかないらしい。関係各位の方には大変失礼な言い方になろうが、『値段は上げ放題、質は下げ放題』(米原万理)の状態という。これを反対に解釈すると、質を上げて値段を下げるのが、我々過当競争業界のたどる道ということになる。価格の引下げは覚悟をすれば可能だが、質の向上は小生の脳味噌では覚束ない。まったく困った稼業に身を置いたものだ。

友廣清志税理士事務所

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2020年

11月

10日

20.11.10 Tue

 今日。久しぶりに発した言葉。理想は高く、妥協は早く。部下にです。

2020年

11月

09日

20.11.09 Mon

 気がつくと11月。かの国の大統領選に気がとられているうちに瞬く間に秋が深まる。まあ、そんなに興味があるわけでもなく、かの国の大統領が変わったとして、わが身になにがどのように影響するのか考えたこともないのですが、ともかく不思議であります。日本のマスコミを通じで受けた印象からすると、何が故にあそこまで接戦になったのか。ときどき、我が国民の民度が問題になることがありますが、かの国の国民の民度は問題ないのでしょうか。いや、問題はないのです。おそらく不思議ではないのです。彼にもいいところはあったのでしょう。ぼくにはわからないだけで。

2020年

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29日

20.10.29 Thu

 牛タンが食べたい。ということで某デパートレストラン街へ。大盛牛タンとビール、これは、神の祝福か悪魔の誘いか。プハァ~、ビールがうまい。こんな日はいい日に決まっている。

2020年

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22日

20.10.22 Thu

 神は存在するか、ではなく、神を信じるか、でもなく、神はいた方がいいか。そりゃ、いた方がいいに決まってる。なにかと、便利だろうから。じゃあ、神はいるんだ。そう思うようになった。ようは、神も仏も、あまり期待しないことでしょうね。

2020年

10月

17日

20.10.17 Sat

 すき焼き、焼き鳥、寿司を食した一週間。当然、体重は増加します。医師からは、減量の厳命を受けているのですが。明日はウナギです。

2020年

10月

08日

20.10.08 Thu

 サンマ定食を食べながら涙ぐむ。こんなにも痩せちゃって。俺の知ってるサンマじゃない。もっと太るまでもう食べないよ。

2020年

10月

04日

20.10.04 Sun

 いやはや涼しいです。すっかり秋です。秋といえば新潟。しかも、見附市。見附城跡の麓で生まれたものですから。といっても、単なる小山で、城跡なんかなんにもなかったような気がします。いまや、縁戚も知人もいない見附ですが、GOTOなら大阪よりも見附に行きたい。ほんとうに、田園や雑木林以外は、何ら特徴もない普通な田舎なんですが、どういうわけか、立派な料亭だけはあるのです。だから行きたいのではないですが。