19年3月

19.3.31 Sat
 今日で3月が終了。年度末である。お国の会計年度がなぜ3月か。明治の初め頃は12月が会計年度末。当たり前です。日本では、12月がもっとも切が良い。それが3月にズレたのは、お金がなくて決算が組めなかったから。12月で税金を計算して3月で閉めてで支払おう、と考えたらしい。何はともあれ、色々なものが4月から新たにスタートする。観る眼が変われば、景色も変わる。気分が変われば、環境もまた変化する。そう私が、最近唱えるリセット力を発揮するチャンスが巡ってきました。

19.3.30 Fri
 幾つになっても新たな発見があるもので、普段生食で食べているたらこを焼いてみた。もちろん固く握ったおにぎりをつくって、それをつまみに飲もうという訳である。つまみと晩飯、一石二鳥だなんて、仕事には発揮しない創意工夫を凝らした。で、生食ではそれほど感じないが、たらこは焼くと塩気が一層増す。しょっぱいしょっぱい。が、美味い。そこで再び新たに認識した。美味いものは体に悪い。が、心の栄養になる。生きるということは、矛盾に満ちた判断の積み重ねなんだ、と、いつものように訳の分からないことを考えながら、酔っ払って行った。

19.3.29 Thu
 夕方来客があり、ミーティングを2時間。そのまま事務所向かいの「たむら」。ここでも2時間ばかり過ごす。相当酔いが回ってきた。疲れているのか、と思ったのだが、考えてみれば二人でビールに焼酎を2本半。飲兵衛特有のつまみは殆どなし。そりゃ~酔うはずです。その後しばし記憶がない。歳とともに飲み方がおかしくなる。経験が生かせない。学習能力が乏しいのです。

19.3.28 Wed
 資料で膨らんだカバンを持ち歩いていると、汗が出るほど暖かい日中。上野公園では、はや花見が始まっている。事務所の花見は、4月2日の予定。早く3月が終わらないかな、と念じるこの頃である。もちろん無事に。(勿論、大過なく過ぎるに決まっているのであるが、たまにはこのようなセリフでも。)

19.3.27 Tue
 朝9時に事務所を出て、津田沼から事務所に戻ったのが午後4時。クライアントの契約書を急いでチェックして、郵送したらもはや6時半。夜になり、一日を振り返り、一体今日一日何をしてきたのだろうか、と時々、いや、いつも思う。昼飯に食べた物を思い出せないうちならまだいいが、食べたこと自体を忘れるようなら俺は引退する、と常々に部下に言っている。段々その時に近づいているのか。

19.3.26 Mon
 さて質問。たとえば本当に不味いステーキが、レストランや家庭でで出されたときの反応。①レストランには怒鳴るが、奥さんには何もいわない。②レストランには何もいわないが、奥さんには怒鳴る。③レストランにも奥さんにも、何もいわない。④レストランにも奥さんにも怒鳴る。さて、貴方はどうですか。これは想像ですが、西郷隆盛ならば、大の男が食い物が美味いの不味いのと騒ぐとはなんごとでごわそ、と眉一つ動かさず③で済ますであろう。問題は、一昨日以来私の脳裏にこびりついているフィリップ・マーロウである。残念ながら彼は独身なので、奥さんへの反応は分からない。こういう眼にあうのが嫌で独身なんだろう。レストランに対してはどうか。彼も怒鳴りはしない。一切れを口にして、気の利いたセリフを残して出て行くだろう。どんなセリフだろうか。聞いてみたい。で、お前はどうなんだって?もちろん‥‥ですよ。

19.3.25 Sun
 以前にも書いたことがあるが、私には「自分探し」という観念がよく分からない。決してその人たちを切り捨てるのではないが、自分を探しても見つからないのではないか。創りあげなければ自分というものは存在しない。己を創りあげる。これが我々の世代の若き頃の哲学であったような気がする。もちろん挫折するのであるが。その挫折と屈折のなかから、なんとなく己らしきものがみえてくる。自分とはそんな存在ではないか、と考える。己は存在するものではなく、創りあげるものであるとすれば、創らない限り探しても見つからない。したがって自分探しは失敗に終わり、徒労に終わる。挫折よりも徒労のほうが楽なのかもしれないが、どうも安直な気がして気にかかる。単に言い方の問題で、同じことかもしれないが。私の部屋の書棚には、読んでもいない哲学書が結構ある。己を創りあげようと思った証である。努力する前に挫折したが。

≪雑読・濫読メモ≫に『ロング・グットバイ』を追加しました。
≪雑読・濫読メモ≫に『哲学者というならず者がいる』を追加しました。

19.3.24 Sat
 朝4時起床。さて仕事。その前に準備運動、と思って村上春樹訳『ロング・グットバイ』を読み始めたのがいけなかった。途中、車にガソリンを入れ洗車してもらっている間も読み続け、止まらない。結局、読み終えるまで止められない。たっぷりとチャンドラー&村上ワールドに浸る。夕方は、千葉公園近くの『大黒』。ここは日本のチャンドラー池波正太郎の世界のような居酒屋。仕事はまったく進まなかったけれど、ハードボイルドな一日であった。

19.3.23 Fri
 どうでも良いことはどうでも良い。だが、その見極めがよく分からない。だから、つまらないことに拘って、つまらない時間を費やすことになる。孔子は「四十にして惑わず。五十にして天命を知る。」と諭されたが、なかなかどうして、凡人はいつまでも迷いまくるようだ。私に「不惑」の歳は、死ぬまで訪れないだろう。何の話かって?。昼飯に何を食べるかの話ですよ。もっとも昼飯に何を食べるかは、どうでも良いことではないのですが。

19.3.22 Thu
 一年の四分の一を仕事、四分の一を勉強、四分の一を遊び、残りの四分の一を睡眠。組織から離脱し、独立した頃そんな夢を見ていた。この歳になって分かった。絶対無理だ。

19.3.21 Wed
 娘夫婦の愛犬アニモと終日を過ごす。近くの本屋まで散歩。コーヒーを飲んで戻るまで2時間コース。マルチーズを侮ってはいけない。どちらがくたばるかと思えば、当方。散歩相手として、結構手ごわい。午後は、購入した村上春樹訳の『ロング・グットバイ』(レイモンド・チャンドラー)を読み始める。清水俊二訳の早川文庫版は何度読んだことだろうか。さすが村上春樹の翻訳。フィリップ・マーロウが静かに動き出す。もちろん、朝の4時から起きて仕事もしたのであるが、結構充実の一日であった。

19.3.20 Tue
 午後、白金台から秋葉原。夕方は事務所。今日は飲まずに帰宅。夜の9時には自宅。宮崎学の愚行権なるものを読みながら一眠り。愚かな行為や生き方は権利として存在するか。宮崎学のアウトロー理論であるが、酔って読むのでよく分からない。人間が愚かであることは身と持って理解するが、別に権利とまで主張しなくとも、基本的人権として保護されなくとも、十分に消滅することない本性だと思うのだが。

19.3.19 Mon
 夕方5時に、事務所向かいの「たむら」。7時半に向島。事務所に戻ったのが11時。今日も酩酊。ったく、よく飲むね、俺は。

19.3.18 Sun
 ひねくれ哲学者中島義道の本を読んでいたので、少々いじけた話になる。人間から嫉妬や羨望がなくなれば、いかにゆったりと自由に過ごせるのだろうかと思う。嫉妬と羨望の裏には欲望が存在しており、このよう欲望というやつがなくならない限り嫉妬と羨望もなくならない。で、どういうことが起きるかというと、物事が素直に見ることが出来なくなる。たとえば、みのもんた。別に嫌いではないのだが、彼が口にする「われわれ庶民は」が気に食わない。あんたは、決して庶民ではない、と突っ込みたくなる。彼が稼ぐ収入と使う金銭は決して庶民のレベルではない。したがって庶民の感覚なんか消失しているに違いない、と気に食わない。きっとこの突っ込みの背景には、私の嫉妬や羨望があるに違いない。みのもんたは、あまり遠くにいてその対象ではないはずなんだが。

19.3.17 Sat
 午前中で仕事を終え、午後早々に事務所を後にして愛車伝助Ⅱ号で自宅へ。週末は自宅で仕事をしなければならないが、最近凝りだしたひねくれ哲学者中島義道の本も読む予定。パソコンに貯めに貯めた映画も一時間で2本観ることにもチャレンジしたい。近くの喫茶店でさほど旨くない珈琲を飲まねばならないし、伝助Ⅱ号の洗濯もしてあげたい。結構忙しい週末なのだ。

19.3.16 Fri
 何とか原稿は間に合った。ただ、品質は保証しない。午後は来客。そして神田へ。夜は根岸柳通りにある名店「ステーキ懐石定谷」でディナー。ここはまさに隠れ家。少々値が張るが、それだけの価値はある。小泉前首相も来たことがあるという。根岸柳通りは、かっての花町。大正時代には27軒もの料亭があった。今はない。その代わり、何でこんなところにこんなお店がと思うような名店が点在する。今日は早々と寝よう。少々くたびれた。

19.3.15 Thu
 確定申告業務もやっと終了。締め切りの威力は偉大である。何とかクライアントにご迷惑をお掛けすることなく無事にエンドまで。お国に3月15日までと決めていただいているおかげで、今日終わったものの、そうでなければいつまで引きずっていることやら。夕方には、スタッフ一同、事務所を飛び出して近くの鶯泉楼へ。たまには北京ダックを、と、一人一切れ食べる。後は、質より量。私は、もっぱら紹興酒。毎度のことだが、終われば始まる。始まらなければ明日という日がない。確定申告ということで猶予をいただいていた案件が、明日から一気に走り出す。その前に、明日はさる原稿の締め切り。雑誌に穴を開けると大変だ。酩酊状態ではあるが、これから頑張って書かなければ。伸ばしに伸ばして、出来の悪い原稿なんだから、本当に申し訳ない。

19.3.14 Wed
 こうなれば悪乗りして、「リセット力」なるものを世に提唱しよう。忘却力、楽観力に加えてリセット力だ。カタカナでは都合がよろしくないので、再開力とでも名づけよう。始動力でもいい。その意味するところと必要性については説明は要らないであろう。問題は、その強化策である。どうすれば再開力(リセット力)を強化することができるか。どうすればダメージから素早く立ち直ることができるようになるのか。酒を飲め、趣味を持て、ゴルフをしろ、では対症療法であって、根本的強化策とはいえない。今日は、まだ確定申告業務の最中であるので、答えは何れということにしておきたい。

19.3.13 Tue
 確定申告の締め切り、原稿の締め切り、レポートの締め切りに花粉症。これで幸せな日々を過ごせというのか。なんて、我儘は言わない。忙しいことは幸せなことだ。そう思って、今日一日を過ごす。自慢じゃないが、夜、振り返って今日一日を思い出せない。朝の7時から夜の8時まで、何してたんだっけ。もっとも、思い出そうとしているときは既に酩酊状態。いい歳をしてお恥ずかしいが、一年中漂流生活をしているような、根無しの実感が抜けない。もっと牧水、山頭火のように一生漂流した人もいる。比べるべくもないが。

19.3.12 Mon
 『知ることよりも考えること』。46歳という若さで急逝した哲学者池田晶子氏の著書である。そう、我々の周りには、情報が氾濫している。その最たるものがテレビ情報(番組)。そう、知ることよりも考えることのほうが大切だ。

19.3.11 Sun
 朝は4時に起きて、己の確定申告書の作成。気分が躁になりすぎたとき、預金通帳を観ればシュンとする。スリルとサスペンスを味わいとき、預金通帳を眺める。月末の資金繰りを考えると、ドキドキと心臓が鳴る。それに比べて、己の確定申告の作成作業なんか何の感動もない。そもそも納税の心配がない。淡々とした作業を午前中続けて、昼はスタッフと事務所ビル1階の「くいしんぼ」でハンバーグ。最近ハンバーグばかりを食べているみたいだ。15時には、久しぶりに自宅へと愛車「伝助Ⅱ号」に乗車。車中、人形町今半の「すき焼き肉まん」を猛烈に食いたくなった。609円と少々値が張るのだが、確かに旨くて大きい。○○キロ(減量の目標)を切ったら2個食べよう。

19.3.10 Sat
 経験にも質と量があり、これが人の成りを作り出すひとつの大きな要因である。で、人にとって必要な経験とは何か。必要のない経験とは何か。そもそも経験を、必要・不必要で区分けしようとすることが間違いではないのか。と考えると、経験の質は人にとってそれほど意味のないことになる。いや、単に量だけの問題であれば、歳さえとればそれなりに経験が蓄積されることになり、その人と成りも完成に向かっていく。そんなことはない。こと私の場合は、歳とともに完成から遠ざかり、ますます迷走している。だから経験の質は大事である………。イャハャ~、何を言いたいのか自分でもよく分からんが、またいつもの忙中にあって、つまらないことに逃避する悪い癖が出てきた。

19.3.9 Wed
 午前中は、昨夜に続き門前仲町。昼は、「三匹の子豚」で顧客とランチ。11時半には満席。テレビで紹介されるようになっても手抜きのない味。一旦、事務所に戻り、神田から西荻窪。再び事務所に戻ったのが20時。最近、昼の食事は充実しているのだが、夜がやや貧しい。ということで、事務向かいの「たむら」で、と思ったが、がまん、ガマン。最近、体重が平行線を走り、時々上方に反乱する。ガマン、我慢。

19.3.8 Thu
 久しぶりに下町根岸の名店「香味屋」にお客さんをご案内。少々値は張るが、ここのメンチカツは絶品、と食べる度に思う。夜は、仕事で門前仲町から木場へと歩く。変わりつつある。門前仲町が、木場が、変身している。若者の街へと。確かに東京は元気が良い。事務所に帰ったのが21時半。もう仕事は止めた。早々と飲む。

19.3.7 Wed
 税理士稼業に付き物の確定申告業務は、今がピーク。忙中に身辺整理をするという悪い癖が今日も出てしまった。整理をしていると、ついつい余計なものに時間をとられてしまう。江戸古地図。大店主の別荘(妾宅)地であった根岸の里は金杉村にあり、東叡山寛永寺の領地であった、なんてことに感心してしまう。本当に我輩は忙しいのかね。

19.3.6 Tue
 最近、「○○力」が流行っている。ならばと思う。「忘却力」と「楽観力」である。忘却力については、先日書いたような気がする。人間には、忘却力とともに楽観力も必要である。その必要性を前提として、楽観力の源について考えてみたい。その要素は、将来についての予測不可能性を理解することと根拠なき自信を持つことである。先のことは思う煩うことはない、とキリストも言っている。そう、所詮、先のことは予測不可能である。だったら、何とかなると考えるのが、人生に対する正しいアプローチであろう。この何とかなる、と思えるのが「根拠なき自信」であり、それは正しいことなのだ。根拠なき自信は、若者の特権ではない。我々中高年こそ、根拠なき自信を取り戻し、これから先のことについて思い煩うことはない。

19.3.5 Mon
 土曜日、日曜日と事務所に出ずに仕事を離れていたら、今日は、久しぶりに復帰したような感覚。この貧乏性、何とかならんか。

19.3.4 Sun
 少々、気疲れした。忙中閑あり、で今日はオフ。車にガソリンを入れ洗車。自宅近くのラーメン屋『北葉飯店』で昼食。安くて、美味くて、量が多い。もっともそういう所しか行かない。ちなみに近くの『い志い食堂』も安い美味い多いの優れもの(ローカルな話で申し訳ない。)。午後は、娘夫婦の愛犬アニモと散歩。顔中を舐められながらの昼寝。夜は、千葉公園近くの『大黒』で刺身を食べたかったのだが、西千葉駅前の『昌慶苑』で焼肉。西千葉周辺案内を兼ねて、こういう脈絡のないところが休日。

19.3.3 Sat
 実は、今日は花嫁の父。にもかかわらず、したたかに飲んでしまった。何とか披露宴会場では持ちこたえたものの、自宅に戻りダウン。TPOをわきまえず飲んでしまう性がうらめしい。許せ、我が娘よ。

19.3.2 Fri
 今日も夕方に御徒町から上野に出る。数々のティッシュを手渡される。いずれもサラ金とアダルト系のティッシュ。俺はそんな顔して歩いているのかと、やや憮然とする。40を過ぎれば自分の顔に責任を持たねばならんと、かのリンカーンが英語で言ったという。ということは、私の顔つきはあまり責任がないということか。

19.3.1 Thu
 武蔵藤沢から上野に戻り、御徒町ガード下の大統領と文楽の前を通ったのが16時半。どう見ても20歳そこそこの可愛い女性二人が、文楽の路上テーブルで焼き鳥と煮込みでビールをグイィィ~、と飲んでいる。もちろん男が飲んで良くて、女が悪いなんて、了見の狭いことはいわない。度量の小さい人間である私であっても、こと酒のこととなると大概のことを許す寛容さをもっている。が、しかし驚いたね。16時半は明るい。若くて可愛い。煮込みに焼き鳥である。ビールである。このような若者がいる日本の将来は明るい。昼飯に、ニラレバライスを前にしてビールを飲む女性を発見したとすれば、同じような感動を味わうんだろうな。こういうサプライズのあった一日を豊かな一日という。

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2020年

4月

02日

20.04.02 Wed

 3月1日には29人。4月1日には527人。東京都のコロナ感染判明者数です。全国的に見て224人が2107人へ。全世界で87千人が873千人へ。基となるデータが異なるため、必ずしも正しい結論とは言えませんが、東京の感染速度が加速しているような気がします。それでも、この流れで4月中にストップがかかればいいのですが。ニューヨーク市は3月1日に感染者が初めて発見されたのですが、それが4月1日には48,000人です。爆発が繰り返されなければいいのですが。

2020年

3月

31日

20.03.31 Tue

 おいおいオイオイ。もう3月も最終日ではないですか。高血、糖尿、心臓疾患、高齢と、コロナのメインターゲットであるぼくは、これまで、世間の騒ぎを遠い向こうの話と思っていました。昔から、危機感が薄いというか、浅薄というか、リアリティをもって物事に接することができないタイプのようなのですが、最近ちょっとやばいかなと思うようになりました。同世代の志村けんさんが、ああもあっさりと召されるなんて。それこそ、オイオイおいおい、他人事じゃないぞ。

2020年

3月

24日

20.03.24 Tue

 咳やくしゃみをすると睨まれてしました。花粉症が原因で、マスクもしているのに。思わず、言い訳をしそうになります。今日の電車のなかでの話です。

2020年

3月

20日

20.03.20 Fri

 川があれば橋があります。道があれば坂があります。清水橋とか忍坂。東京の橋と坂です。粋な名称じゃないですか。だれが名付けたか分かりませんが。少なくとも行政ではないでしょうね。

2020年

3月

19日

20.03.19 Thu

 世のなかのことについてコメントする知見はないのですが、ぼくの身の回りのことについては、ぼくしかコメントすることしかできません。何かおかしいのです。株主総会を含め集まりがなくなりました。夜の案内もまったく届きません。夜の案内といっても変な案内ではないです。すし屋に入ってもガラガラです。駅の構内も往来も、ぶつからないで歩けるほどスカスカ。確かにコロナは怖いですけれど、ぼくにはコロナ以外に怖いものがいっぱいあります。年寄の自粛は分かりますが、若い人はそんなに委縮しなくてもいいんじゃないでしょうか。もっとも、加害者になることは避けるルールは必要ですが。

2020年

3月

16日

20.03.16 Mon

 途切れ途切れにブログを更新している間に、世のなかが大変なことになっている。コロナウイルスの恐ろしさもあるが、これによる経済の冷え込みへの恐怖。過剰に敏感にならない方がいいような気がするのですが、そうもいかないのでありましょう。個人的には、心臓に疾患のあるぼくなんか、よほど注意しなければならないのですが、あまり切迫感を感じないのは、ぼくが極度に鈍感なせいでしょうか。

2020年

3月

10日

20.03.10 Tue

 いくつになっても変わらないのが、鯖寿司への思い。大阪風のバッテラでも構わないが。やはりここは京風の鯖寿司。こうも世間が後ろ向きに騒がしいと、今日は思いっきり鯖寿司でお腹と心を満足させることにした。食べたいものを食べたいときに食べるシアワセ。