23.12.31 Sat
朝4時から年賀状。途中、伝助で所用。道路はガラガラ。夕方、自宅書斎にとじこもり。仕事をする気になれない。五木寛之のエッセイ『識字率と識詩率』を読み、書斎で逸見庸の詩集『眼の海』と谷川俊太郎の詩集『真っ白でいるよりも』からいくつかを音読。心のしこりが溶けていく感じがする。今年も終わろうとしている。終われば始まる。時は直線運動ではなく円運動。でもいつかは終わりがくる。
23.12.30 Fri
18時から金沢文庫での先輩の葬儀に出席。ご遺族にご挨拶をし帰路につく。突然の死に、ご遺族の想いは如何ばかりか。某大手建設会社の営業担当役員をされていた。東京の高層化の先陣を切られた方だった。官出身の身に、民のなんたるかを擦り込んでいただいた。良き理解者、過大なほどに評価をしていただいた方をなくしてしまった。さみしい。20時に上野。十数冊の本を購入。21時に千葉へ。これから数日、自宅書斎に閉じこもり。考えなければならないことが山ほどある。
23.12.29 Thu
都内某所で缶詰。昼ごろ、携帯に先輩の訃報の連絡が入る。つい先日、飯倉の『うちわ』で二人忘年会でお会いしたばかり。昨日、その『うちわ』から、行きつけのクラブに移動されたところで、ご逝去されたらしい。この20年来、奥方ともども親しくお付き合いさせたいただき、ご令嬢も存じあげている。享年74歳。まだまだこれからというに。合掌
23.12.28 Wed
9時半に神谷町の法律事務所。13時に津田沼の顧問先。16時に人形町の先輩税理士事務所にあいさつ。17時半に、事務所近くの『斉藤』で顧問先の忘年会に出席。やはりここの魚は旨い。19時半に終了し、事務所に戻り、再び出かける。仕事納めであるが、私の仕事ははだまだ終わらない。
23.12.27 Tue
10時半に来客。午後は挨拶回り。16時に事務所に戻り、16時半に来客。18時半に栄龍で食事。ビールを飲みながら宮城谷の本を読み『説苑』の一節を思い出す。
命に従いて君を利する、之を順と為し、
命に従いて君を病ましむる、之を諛と為し、
命に逆らいて君を利する、之を忠と謂い、
命に逆らいて君を病ましむる、これを乱と謂う。
組織人であったころ、座右の銘のように記憶していた。『忠』ならんとしていたが『諛』であったこともあり、最後には『乱』であったような気がする。
23.12.26 Mon
4時半に別室入り。少々二度寝。8時半に事務所入り。10時に上野の顧客に年末のあいさつ。そのまま日比谷に赴き会議。14時に秋葉原の顧問先。16時に某金融機関で契約巻き直しの立会い。17時半に松坂屋。湯島天神を通り抜け、18時前に『鳥つね』湯島本店。20時過ぎに事務所に戻り、いそいそと飲みに再び出かける。今日は根岸へ。22時過ぎに事務所に戻る。夜半、酔った頭に『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』の言葉が浮かぶ。40年以上もの間、私の頭にこびりついた言葉。イエスは何を言いたかったんだろうか。
23.12.25 Sun
8時過ぎに事務室に入る。10時にスタッフが出勤。11時半に、スタッフと3人で『きみはん』へ。なんだか久しぶり。食後、急速に闘争心が減退するのもいつものとおり。15時には別室で一休み。17時に伝助Ⅲ号で千葉へ。19時から、町内会の会合。21時に終了。もうヘロヘロ。何か理由をつけては飲む悪い癖が、ここのところ一気に噴火。
23.12.24 Sat
神が存在するかどうかが問題なのではない。たとえ神が存在するとしても、その神の存在を無視する、との考えがイワン・カラマーゾフの無神論である。少年時代というか青年時代というか、『カラマーゾフの兄弟』を読みこのイワンの考えを知って以来、きっと神は存在するのだろうが、すべての判断は自身の意志で決めて生きていこうと決意した。それほど大それたものではないが、とにかくそう考えた。さて、今日はイブ。歳とともに、やはり生きていくうえで何か指針となるものがほしい、人生のすべてのことは、ここに示されている、そんなものがあれば、と考えるようになった。最近、思考を放棄しているせいかもしれない。なにが正しいか正しくないかを判断するのは、けっこうシンドイ作業なんである。最近、その作業時間をやたらサボっている。
23.12.23 Fri
9時前に事務所を出て三軒茶屋。10時から、顧客とサンドイッチやパスタで早めのランチミーティング。少々二日酔いであることをカミングアウトしたところ、薬をいただく。いつも体の心配をしていただいている。ありがたい。昼過ぎに事務所に戻りうたた寝。家出をしていた伝助が戻ってきたのだが、怪我をしていたのでトヨタ墨田まで診断と入院手続き。ったく、手間のかかる奴ちゃ。
23.12.22 Thu
忘年会の二次会から、入谷の駅に着いたのが23時。目についたのが『万人力』の看板。ビールと油そば。別室に戻り、シャワーを浴び、さらにビールとサンドイッチ。気が付けば24時過ぎ。もうフラフラ。どうもほろ酔いでは済まない飲み方が、学生時代から継続。これでもおとなしくなった方。昔は、気が付けば3時、4時なんてのがざらにあった。自慢にならないが。
23.12.21 Wed
11時半に事務所を出て13時に戻る。その他は、別室に閉じこもってレポートの作成。なんだかんだといっても今年も10日余り。23時には、もういいや、と開き直り辺見庸の『生首』。気がつけば25時。辺見庸が抱いている時代への危機を感じるとき、いま私の周りで起きていることがどうでもよくなる。ひよっとしたら、自分はいま、こんなところに立っていてはいけないんじゃないか、と、思う。
23.12.20 Tue
午前、少々二日酔い。フラフラしながら別室から事務室へ。ったく、私は酒が強いんだか、酒に弱いんだか。11時に銀座。12時半に入谷に戻り、知人とカレーでランチミーティング。事務所に立ち寄らず、そのまま門前仲町へ。続いて赤坂見附。17時半に北千住の『まさき』で秋田料理。4人で食べていても、ここは客同士が知人のようなもの。隣のテーブルの客との会話が弾む。事務所に戻り21時。夜中、今年は浅草羽子板市に行けなかったことを思いつく。
23.12.19 Mon
午後、恵比寿から北千住。事務所に戻り麹町へ。再び事務所に戻ったのが23時。けっこう酔ってはいたが、最近覚えた電子レンジのハイレベル・テクニックを駆使し、聘珍樓の肉まんを2個を温め、ビールにブランデーをドクドクと注ぎ、口に入れる。気が付けば2時半。確かニーチェを読んでいたと思うのだが、手にしていたのはゴルゴ13。最近、記憶が断片的。
23.12.18 Sun
10時に事務室に入り、11時にはもうオサラバ。でも、午後は仕事をしておりました。先日、伝助が家出したので、日曜日であっても私も家出。
23.12.17 Sat
朝から雲隠れ。夕方から忘年会。もうバテバテ。たいした人生を送ってるわけじゃないんだけど、けっこう疲れます。
23.12.16 Fri
市川から事務所に戻り銀座。再び事務所に戻り16時半。17時には事務所を出ていそいそと忘年会にお出かけ。こういうときは胃の痛みも、腰の痛みもすっかり忘れる。いい加減といおうか、何といおうか。この融通無碍さを育てくれた方々に感謝。でも、『自分一人でデカくなった気でいる奴はデカくなる資格はない』(クレヨンしんちゃんの「野原ひろし」)
23.12.15 Thu
10時半に銀座。四国の案件がギクシャク。14時に平塚。17時半に新宿。仕事を終えたのが21時半。爆弾のごとき電話に胃がキリキリ。昨日よりましとはいえ、事態が改善したのは二日酔のみ。胃も頭も腰も歯もギブアップ気味。気力は、といえばもともと心もとない。もういや!!、と思いつつアルコールをガブリにゴクリ。もういくつ寝るとお正月なんだろう。
23.12.14 Wed
次々と襲いかかってくる督促の電話。携帯電話では居留守が効かない。おまけに、忘れたふりをしていた原稿締切日が明日であることが頭をよぎりだす。世は、年末に向かって一気に走り出し、ただならぬ空気が我が身を包んでいる。自慢じゃないが、私の能力は人並みに近いだけけで、決して以上ではない。ただ、欲深く、意志が弱く、仕事を断れない性格に加えて、酒好きときている。したがって、今日は朝から二日酔いやら、締切やら、交渉事やら、質量ともに我が能力を超えた難題がボコボコと発生し、胃痛、頭痛、腰痛、歯痛が同時多発テロのごとく我が体を攻撃。こんなときは逃げるが勝ち、と出先から帰ってトンズラを試みるものの、そこは気の小さい器であるからして、携帯とパソコンを携えての逃避行。せっせと電話応対をし、パソコンで仕事をする。ちっとも気が休まらない。ふぅ~、と一息ついて20時半。携帯も切り、今日はここまで。明日がないわけじゃないし。
23.12.13 Tue
11時に新宿。京王プラザの久兵衛でランチ。14時に新宿での仕事を終え、秋葉原で事務所スタッフと待ち合わせ書類を引き渡し市川へ。あちらこちら交渉ごとばかり。17時に市川鬼越駅から18時に飯倉の『うちわ』へ。久しぶりに女将と先輩に挨拶し、泡盛と沖縄料理。事務所に戻り21時。ストレスだかアルコールだか、胃がキリキリと痛む。あぁ~、逃げ出したい、この地獄のような日々。『絶望さえ忘れされば人は生きていける。』(入谷の税理士)
23.12.12 Mon
事務所を10時に出て16時半に戻るまで、口にしたのはコーヒー4杯。昼を食べ損ねる。19時半にシャワーを浴び、体重を測るが変化なし。不思議。
23.12.11 Sun
夕方、自宅に戻る。愛犬の出迎え。主を通り越して外に飛び出し、こちらが追いかける。ったく。ビールを飲みながら愛犬と戯れているうちに失神。レイソルのこともまったく気が付かない。まぁいいか、こうして週が終わるのも。
23.12.10 Sat
日中は、惰眠をむさぼる。夕方、いそいそと向島『水の登』へ。『彩』で二次会。事務所に23時頃か。夜の遊びも、だんだんとおとなしくなった。
23.12.09 Fri
銀座、霞が関、銀座、錦糸町と移動。夜は、キムチ横丁で韓国料理。なんだか眠くて仕方がない。
23.12.08 Thu
午後、北千住から門前仲町。再び北千住。17時半から『鳥茂』で焼き鳥。3名。これが飲むときの危険人員。終わりなき夜を過ごす。いつ事務所に戻ったのか不明。
23.12.07 Wed
午後、江東区住吉へ。仕事を終え事務所へ戻る途中、仲間の税理士事務所へ立ち寄り、油を買ってもらう。ダベることしばし。16時半に事務所に戻る。18時半に、ニーチェをもって事務所向かいの『栄龍』へ。最近、寝転びながら、飲みながらニーチェを読むことができる。素面であろうと、正座しようと、どのみち理解できないのだから。『わたしから学べー笑うことを!』(『ツァラトゥストラ)
23.12.06 Tue
10時に新宿。打ち合わせが終わり電話を数本。けっこう長電話。携帯の電池切れ。銀座に立ち寄り、午後は麹町。15時半に人形町の先輩事務所へ。打ち合わせを終えたところで、先輩から『鳥近』の卵焼き2個と焼き鳥50本の差し入れをいただく。感謝。事務所に持ち帰りスタッフに引き渡し、いそいで上野へ。迷路のようなアメ横を通り抜けさる飯店へ。知人と中華鍋を食べ、20時に事務所へ。風邪がなかなか抜けないが、きっと今日でお別れができるだろう。
23.12.05 Mon
10時にトヨタ墨田。伝助の入院。金曜日までお別れ。午後は秋葉原で会議。年末に向けての資金繰り。そうか12月か。16時に事務所に戻り、18時半には松が谷の『紅雲飯店』。風邪気味ではあるが、食欲は衰えない。こういうとき、いつもメーテルの『何が起こるかわからないときは、まず何か食べなさい』を思い出す。
23.12.04 Sun
午前は惰眠をむさぼる。11時半にごそごそと起きだし栄龍へ。15時に伝助Ⅲ号で千葉へ。17時から今年最後の町内会。21時に終わり自宅へ。もうヘロヘロ。日曜日が週の初めか終わりかは定かではないが、振り返ってこの一週間もアタフタバタバタ。22時に布団に入っても、本を読む気もしない。
23.12.03 Sat
8時に事務所を出て愛甲石田へ。14時に北千住にたどり着く。16時に事務所。風邪気味の一日。そうそうに布団にもぐり、数か月前の雑誌をパラパラ。へエ~、こんなことが話題になっていたの。
23,12.02 Fri
10時に銀座のクリニックで検査。事務所に戻り、13時半に麹町。17時半に浅草ビューホテル。我が業界団体の忘年会。20時に終了し、事務所に戻る途中で『油そば』。出来上がる前に、チャーシューでビールを二本。自分でも、バカじゃなかろうか、と自嘲する。事務所に戻りバタン。風邪ひいたかな。
23.12.01 Thu
10時、11時、13時と来客。15時に北千住の顧問先。16時半に事務所に戻り、18時半には事務所近くのダイニングバーで、好物のフィッシュアンドチップスとカマンベールピザ。ビールにジントニック。事務所に戻り『悲劇の誕生』をパラパラ。ここで、ニーチェのアポロ的とデュオニュソス的の二つの概念が誕生した。たしか『自己仮装』、『自己隠蔽』、『自己装飾』という言葉の意味をこの本で学んだと思う。で、酔った頭では探せなかった。