23年3月

23.03.31 Thu
 9時半に事務所を出て築地。昼は人形町で友人と食事。昼過ぎ事務所に戻り書類作成。15時に事務所を出て、日本橋丸善で本を購入。そのまま京橋に赴き打合せ。タクシーで銀座。18時に水天宮で知人と待ち合わせ、ロイヤルパークで打合せ。事務所に戻り20時。伝助Ⅲ号で久しぶりに千葉の自宅へ。なんとかカーナビに頼らなくとも自宅に着く。夜半に書斎に入り、久方ぶりの司馬遼太郎。彼が探った『この国のかたち』。相反するものとして理解していた司馬遼太郎と藤沢周平の世界。大阪城を築城した秀吉を描く遼太郎、大阪城築城のために命をかけた名もなき下級武士を描いた周平。しかし、二人が観た『この国のかたち』はひょっとしたら同じではないかと、酔いと睡のはざまで考える。

23.03.30 Wed
 午前に三軒茶屋で打ち合わせ。昼に事務所に戻り、伝助Ⅲ号を迎えⅡ号を送り出す。下手で荒っぽい運転の私に、よく尽くしてくれたⅡ号に感謝。優しい新しいオーナーのもとでシアワセに、と祈る。夕方近く津田沼。事務所に戻り、19時過ぎに業務終了。缶ビールのプルトップを引いて、何食べよう。外に出るのも億劫で、音楽。大好きなボォォ~。結局食事はチーズのみ。3月も残り一日。

23.03.29 Tue
 午前は、上野から門前仲町。午後は、神谷町、事務所、銀座。業務が終了したのが19時前。食事をして20時。タクシーでの帰り道、やはり東京の夜が暗くなった。統計をみると、昨年の電力消費量の三分の一をカットしても1980年代半ばの水準。このまま電力供給が制限されても生活は成り立つはずなんだが、そのためには考え方を含め構造の改革が必要。また、いまは『頑張ろう』より『助け合おう』かな。てなこを考えてると、なんだか疲れた。寝よう。

23.03.28 Mon
 午後から秋葉原、東銀座、代々木と移動。事務所に戻り20時過ぎ。久しぶりに寿司『一徳』で食事。事務所に戻り21時。バタン!!

23.03.27 Sun
 朝7時に事務室入り。昼は、来客と4人で浅草『豚八』。ビールを飲み、唐揚げ、ハムカツ、ウインナー、豚ステーキ、メンチカツ、豚八ランチ、昔ながらのスパゲティなどを食べながら、減量中であることを思い起こす。時すでに遅し。せっかく2キロ痩せたのに。もっとも2キロの体重増減は、一日の誤差の範囲だが。昼過ぎに事務所に戻りうたた寝。夕方起き上がり少々仕事。夜は、自分の世界。

23.03.26 Sat
 10時に事務室入り。早々にギブ・アップ。才なく、さしたる努力もせず、運を頼りの生き方をこれからも続けよう、と、都合よく強く決意する。その後は別室に閉じこもり。ただひたすら運を味方にする感性を磨く。ハイ、横になって週刊誌を読む、マンガ(ゴルゴ13)を読む、好きな歴史(時代)小説を読む。ただ、ほとんどの時間は寝ておりました。

23.03.25 Fri
 朝、体が強ばっている。マッサージへ直行。昼に東京会館。銀座に移動し会議。夜、閑散とした銀座の街並みを眺め、少々経済の行く末を心配。私自身は、いままでの消費活動を維持しているつもりであるが、この11日以降、間違いなく東京の消費水準は8割減。神田祭、三社祭も中止らしい。

23.03.24 Thu
 9時に事務所を出て戸越。昼は、人形町『芳味亭』で知人とランチ。そのまま赤坂見附、銀座と移動し、いったん事務所に戻る。資料のレクチャーを受け恵比寿。17時半に業務を終える。ふぅぅ~、シンド。きょうはここまで。

23.03.23 Wed
 午後から上野。町が閑散。夕方に銀座。昭和通りが暗い。ビルの照明看板はすべて節電。飲食店の案内に迷う。欠けたメンバーがいれば、他のメンバーがこれ補う。震災のことを考えれば浮かれてはいけないが、いまここにいる者は、自分の立場でベストを尽くさなければ、と、飲むこと食べることに集中する。これは不謹慎ではなくやらねばならない仕事。萎縮していては日本経済が成り立たない。事務所に戻り21時過ぎ。

23.03.22 Tue
 朝、起きることができない。何とか、体を布団から切り離し起き上がる。締め切りが何時だったのか分からない仕事を片付けて夕方。友人が来所。根岸『玉勝』で食事。20時過ぎに終え事務所。

23.03.21 Mon
 朝というか深夜というか、3時に事務所に着く。読みかけの本を拾い読み。いつのころに読んでいたのか山本周五郎の短編集。昼近くに上野に出向き『大山』でメンチ・カレーライス。暫し上野で過ごし14時半に事務所。あとは事務所に引きこもり。再び山本周五郎。仕事をしなければイカンのだけれど、と思いつつ夜中。まいどまいどの怠け癖。

23.03.20 Sun
 伝助Ⅱ号で千葉へ帰る。いつものガソリンスタンドが品切れで閉店。その他のスタンドも同様に閉店。営業している数少ないスタンドは長時間行列。人間の便利な生活には、多大な負荷を自然に強いる。課題は細部に宿る。そのサインをどこまで認識することができるか。

23.03.19 Sat
 終日閉じこもり。夕方、ブラっと上野へ。閑散。普段の半分の電気か。夜も再び閉じこもり。今日本は、弦離れした矢のようにどこかに向かってしまっている。矢はもう止められない。どこに向かっているのか、放たれた矢に先回りして、新たな価値観を形成しなければ。そんな気がする。

23.03.18 Fri
 午前は赤坂見附の歯科クリニックで治療。インプラントの補正。歯が2本ない状態が続いている。そのまま日本橋に出かけ、元共同通信経済部長から東日本大震災後の日本経済とその政策課題についてレクチャーを受ける。夕方、銀座の会社の役員会に赴き、そこであるメールを受け取る。思い出したのが、漢の劉向が編纂した『説苑(ぜいえん)』の一節。
 命に従いて君を利(り)する、これを順(じゅん)となし
 命に従いて君を病(や)ましむる、これを諛(ゆ)となし
 命に逆らいて君を利(り)する、これを忠(ちゅう)といい
 命に逆らいて君を病(や)ましむる、これを乱(らん)という
本日のメールは、このどのレベルにも達しておりませんが。

23.03.17 Thu
 役員会を終え会社を出て地下鉄日比谷線東銀座駅に入ってビックリ。ホームが人で溢れている。電車は満杯。何とか乗ったものの、入谷まで20分程度のところが40分。18時から始まる事務所の確定申告の打ち上げ会にギリギリセーフ。場所は、事務所から3分の『しゃぶ辰』。小学校4年生の男児をゲストに迎え、すき焼きにシャブシャブ。私は、ビールをジョッキ2杯、日本酒3本、ウーロンハイ2杯。酔いながらゲストに、『おい、人生でも語ろうか』と話しかけると、『人生っていっても、俺まだ10年しか生きてないもん』と軽くかわされる。

23.03.16 Wed
 確定申告という極めて身の回りの雑事に翻弄されていて気がつかなかったが、今、日本で起こっている出来事がどれほどのものであるかをしみじみと実感。こんなときどうすればいいのか。いたずらに無力感を覚えてはいけない。一時的に過剰に反応してもいけない。ただひたすら、ひたすらに自分を生きるしかない。少々ズレていても、多少のブレはあっても、これまで社会と真正面に接してきたつもりである。東北方面に気を配りながらも、いままでとおりの自分を生きていこう。

23.03.15 Tue
 頭が重いと思ったら、花粉。目、鼻、クシャミ。なんで今日みたいな日に。確定申告業務最終日。本日の業務は18時過ぎに終了。今年も至らないことばかりで、各方面にご迷惑をおかけした。いくら『人間には、人生を失敗する権利がある』(アメリ)とはいえ、私のように権利の濫用はいかん、とちょっぴり反省。18時半には日本橋で知人と会食。事務所に戻り20時過ぎ。もう、ぐったり。早く横になりたい。

23.03.14 Mon
 計画停電という伏兵。7名のスタッフのうち4名撃沈。被災者の方々を思えばこれから先の泣き言は禁句。ただこれだけは泣いておきたい。原稿の締め切りには間に合いません。明日、原稿を引き渡すことは不可能です。

23.03.13 Sun
 朝8時、事務室。私も確定申告書を提出しなければならない。気になるが、当然、手をつけていない。そんなに納めるべき税金はないと思うのだが。スタッフと『きみはん』で昼。そして15時に上野に出る。久しぶりにアメ横を歩き、ホッ!!。誰もがお互いを無視しているのだが、同じ空気を吸っている共感。暫しアメ横の空気に慰められる。17時に事務所に戻り、まだ仕事をしている仲間に頭を下げる。頭を下げながらビールを飲み一日を終える。俺は一体何者なんだ。

23.03.12 Sat
 事務所ビル全体が宿泊施設のような一夜が終わり、朝。ニュースで観る災害の悲惨さには言葉もない。しかし私は、『銀河鉄道999』のメーテルの教え「何が起こるかわからないときは、まず何か食べなさい。」を実行し、出勤してきたスタッフと『万人力』で油そばでランチ。トタンに戦意喪失、闘争心剥離、気力減退、だらだらモード突入。そのまま別室。夕方、事務所に入るとスタッフが接客中。なんとかリーダーらしく私も会話に参加。その後、冷蔵庫からビールを取り出し、スタッフの許可を得てプルトップを引く。私は、そのままアルコールを友に時間を過ごしたが、どうもスタッフは23時過ぎまで仕事をしていたようだ。申し訳ない、私のようなトップで。

23.03.11 Fri
 今日は当然地震の話。足立区の南花畑に伝助Ⅱ号で出かけ、車を降り、顧客の家に入ったとたんに地震に遭遇。1階玄関口での出来事。いやぁ~、驚いた。伝助Ⅱ号での帰りも、揺れでハンドルをとられる。携帯で事務所に電話しても通じない。渋滞に巻き込まれながらも16時近くに事務所入に戻る。無事な事務所ビルを見て、ホッとする。さて、スタッフの帰宅手段。車で自宅まで送ろうにも、道路は渋滞で動かない。しかし、わがスタッフはたくましい。自転車。20時に家族の無事を知らせるメール。安心した後は、自宅に帰れないと深夜に訪れた来客と3人で26時までプチ宴会。

23.03.10 Thu
 9時半に来客。午後から戸越、西永福と移動。いったん事務所に戻り、17時半に竹ノ塚。再び自事務所に戻り19時。20時には電池切れ。充電のためにブラリ外出。頭が痛い、胃が痛い、腰が痛い、と満身創痍。原因はストレスです。

23.03.09 Wed
 午後、津田沼から銀座。夕方は余裕をみせて、20数年前に同勤した仲間と食事。入谷に戻ると、スタッフはまだ仕事中。ほんとうに申し訳ない。

23.03.08 Tue
 9時前に事務所を出て新川へ。学生時代の一時期、この辺りで危なげなアルバイトに精を出していた。懐かしい場所。昼前に赤坂見附の歯科クリニックで歯の治療。昼過ぎに事務所に戻り、机の上は戦争状態。もともと整理整頓の不得手な私の机は、いつも幾分散乱しているのであるが、ここにきて錯乱気味な状態。そういえば錯乱気味なメールが最近多い。

23.03.07 Mon
 今更始まったことではないのだが、一日が慌ただしい。今日も、いつの間にか一日が始まり、いつの間にか終わった。でも、いい日だった。今日はこれだけ。

23.03.06 Sun
 朝の4時に事務所別室。転寝をして事務室に8時。11時に事務所を出て知人とランチミーティング。14時に事務所に戻り17時まで。伝助Ⅱ号で千葉に。
『顔色が悪いな』
『酒場から離れているからさ』(リオ・ブラボー)
別に私の話ではありません。

23.03.05 Sat
 朝9時、事務室。スタッフとともに根岸『きみはん』。15時に伝助Ⅱ号で千葉へ。夕方から町内会の会合。今年の役割は監事。20時にビールを飲んでソファに座ったら、そのまま失神。途中、一二度起きたものの27時まで寝入る。

23.03.04 Fri
 通院、日本橋、銀座と一日過ごし、夜は、銀座キャピタルホテルで関与先の創立40周年記念祝賀会に出席。私がお手伝いしたのは、その2割に当たる8年間。先代の社長が、大学の大先輩という縁で始まった。故人となられた先代のご冥福を祈りつつ21時前に会場を出る。事務所に戻りおとなしく横になる。なんだか今週は疲れた。ここのところ、『油をそそいで火聚(かじゆ)を救わんとす』との言葉を実感。火に油を注いで火事は消せない。

23.03.03 Thu
 終日事務所。午前に来客一名、夕方に来客一名。その他はパソコンとにらめっこ。たまには事務所で書類作成。こうして事務所にいると、やり残している仕事を次々と思い出す。都合の悪いことはすぐに忘れるという、きわめて良質な忘却力の持ち主である私でも、資料を見るとやはり思い出す。いつでもいいですよの『いつでも』は、往々にして今週中であったり、今月中であったりするもんであり、そのことはよく分かっているのだが、ついつい言葉に甘えてしまい、今日に至ってしまってる。それでも、19時過ぎには出かけて食事。酔って事務所に帰ってきた。昨日も同じ。遅くまで働いているスタッフには、本当に申し訳ない。

23.03.02 Wed
 新宿都庁前を16時に通る。事務所に17時に戻る。外は、まだまだ明るい。寒いが春は近い。税理士も、3月を迎えると顔が引きつる。私の場合は、顔だけでなく胃も引きつる。5日間かかる仕事でも、締切前日にならないと手をつけないという生来の怠け者。ここ時期、私はこの怠け癖と闘わなければならない。そういえば何年か前のこの時期、沖縄にトンズラして大いにヒンシュクを買った覚えがある。今年は、別に種子島でもいいのだが。いえ、トンズラではなく花粉からの脱走。

23.03.01 Tue
 3月、そろそろ余裕がある素振りさえ出せなくなってきた。おそらくこの時期、税理士稼業を張っていれば最も忙しいに決まっている。なのに仕事を断れない悲しさ。今日も今日とて、プロジェクト案件が舞い込む。能力がないのは、重々理解しているのですが………。

友廣清志税理士事務所

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2020年

4月

08日

20.04.08 Wed

 愚痴っぽくなるようですが、人生の後始末をつけなければと思うような歳になってコロナ危機を経験するとは。ぼくたちの世代は、逃げ切り世代ともいわれるように、戦後の苦労も大して経験せず、日本が膨れ上がるとともに、横並びにその恩恵をなんとなく受けてきた世代なんですが、ここにきてそのツケが回ってくるんじゃないかい、と思うことがあります。ぼく自身は、楽天的というよりも鈍感なものですから、あまり危機を感じない方なんですが、そのぼくがこれからの社会は大変な時代になるのではないか、と感じるものですから。ここは、若い方々に次の時代を切り拓いていただきましょう。

『あなたが生まれたとき、あなたは泣いていて周りの人達は笑っていたでしょう。いつかあなたが死ぬとき、あなたが笑っていて周りの人たちが泣いている。そんな人生を送りなさい。(ネイティブアメリカンの言い伝え)』

そのためにはあまり長生きをするのも考えものです。

2020年

4月

06日

20.04.06 Mon

 なんだか世界が一変したようです。上野、アメ横はガラガラ。千葉もガラガラ。いつも行列しなければならない食堂もガラガラ。首都圏だけの現象だといいのですが。地方に住む知人の話を聞きますと、まったく対岸の火事のようなところもありました。これはこれでホッとしたのですが、ウイルスの拡散速度とこれに対する政府と個人の対応の速度。対応速度が拡散速度を上回らなければ。ぼくなんか緊張感が続かないところがありますので、気をつけます。

2020年

4月

02日

20.04.02 Wed

 3月1日には29人。4月1日には527人。東京都のコロナ感染判明者数です。全国的に見て224人が2107人へ。全世界で87千人が873千人へ。基となるデータが異なるため、必ずしも正しい結論とは言えませんが、東京の感染速度が加速しているような気がします。それでも、この流れで4月中にストップがかかればいいのですが。ニューヨーク市は3月1日に感染者が初めて発見されたのですが、それが4月1日には48,000人です。爆発が繰り返されなければいいのですが。

2020年

3月

31日

20.03.31 Tue

 おいおいオイオイ。もう3月も最終日ではないですか。高血、糖尿、心臓疾患、高齢と、コロナのメインターゲットであるぼくは、これまで、世間の騒ぎを遠い向こうの話と思っていました。昔から、危機感が薄いというか、浅薄というか、リアリティをもって物事に接することができないタイプのようなのですが、最近ちょっとやばいかなと思うようになりました。同世代の志村けんさんが、ああもあっさりと召されるなんて。それこそ、オイオイおいおい、他人事じゃないぞ。

2020年

3月

24日

20.03.24 Tue

 咳やくしゃみをすると睨まれてしました。花粉症が原因で、マスクもしているのに。思わず、言い訳をしそうになります。今日の電車のなかでの話です。

2020年

3月

20日

20.03.20 Fri

 川があれば橋があります。道があれば坂があります。清水橋とか忍坂。東京の橋と坂です。粋な名称じゃないですか。だれが名付けたか分かりませんが。少なくとも行政ではないでしょうね。

2020年

3月

19日

20.03.19 Thu

 世のなかのことについてコメントする知見はないのですが、ぼくの身の回りのことについては、ぼくしかコメントすることしかできません。何かおかしいのです。株主総会を含め集まりがなくなりました。夜の案内もまったく届きません。夜の案内といっても変な案内ではないです。すし屋に入ってもガラガラです。駅の構内も往来も、ぶつからないで歩けるほどスカスカ。確かにコロナは怖いですけれど、ぼくにはコロナ以外に怖いものがいっぱいあります。年寄の自粛は分かりますが、若い人はそんなに委縮しなくてもいいんじゃないでしょうか。もっとも、加害者になることは避けるルールは必要ですが。