01

 

10月

 

2013

25.09.30 Mon

  昼に赤坂見附のニューオータニに出かけ、顧客と打ち合わせ。以外は、事務所で仕事。夜は、栄龍で食事。ごくごく定番の一日。月末だもんな。
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29

 

9月

 

2013

25.09.29 Sun

  5時半に事務室。11時に郵便局。ついでに鶯谷から上野をしばし散策。忍岡中学校を左手に新坂国立博物館方面へ。上野に出て地下鉄で入谷へ。午後、伝助で千葉へ。愛犬としばし戯れる。
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29

 

9月

 

2013

25.09.28 Sat

  少々風邪気味。昼下がりにひと眠りし、気が付くと18時。のどの痛み、せき、はなみずが消えている。冷蔵庫からホッピーを取り出し、焼酎とともにゴクゴク、グビグビ。お相手は鰻の大和煮。こいつが、すばらしい相手となって、夜が更ける。
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27

 

9月

 

2013

25.09.27 Fri

  血圧の薬を飲むと、血圧が下がり、頭に血が行かなくなってボケる、という話。今日仕入れた都市伝説。私も降圧剤を飲んでかれこれ20年。最近、忘却力に拍車がかかってきたのも、あながち歳のせいだけでなく、降圧剤が作用してきているのかな。
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27

 

9月

 

2013

25.09.26 Thu

  風邪get。朝から、咽喉、咳、鼻水。
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26

 

9月

 

2013

25.09.25 Wed

  10時に上野の顧問先。昼は、上野松阪屋のお好み食堂で珍しくしっかりと食べる。13時に津田沼。決算報告。16時に人形町。ハッピー・リタイヤと事業承継に関する相談。夜は、上野松阪屋向かいの鈴乃屋裏のファンタジスタ。ベーコン、エビ、ピザ、パスタでワインをグビグビ。江戸末期、この上野広小路には河内楼、松源、雁鍋、鳥八十、青凌亭、宝菜亭などの料理茶屋があり、江戸有数の賑いをみせていた。上野戦争での、官軍側の前線本部は、松阪屋いとう呉服店の二階であった。また新撰組副長土方歳三は、この松阪屋いとう呉服店に奉公していたという説もある。しばし、歴史ある町を徘徊する。ほろ酔いで事務所に戻り20時。重い鞄を置いたら、急に意識が薄れる。少々、お疲れかな。
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25

 

9月

 

2013

25.09.24 Tue

  5時に入谷。仕事を少々。一眠りして、7時半にシャワー。8時半に事務室。11時に来客。重たい話を一時間半。急いで厚木へ。クライアントと、決算の見通しと今後の課題を話し合い16時半に終了。18時過ぎに北千住。今日も昼抜き。鳥しげ食事をして入谷に戻る。涼しくなったとはいえ、まだまだ暑い。
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23

 

9月

 

2013

25.09.23 Mon

  故在って、東京を離れていた。ほとんど伝助Ⅲ号とともに、といっていいほど運転ばかり。昼過ぎに入谷に戻り。夕方に千葉。久しぶりに愛犬達と戯れる。横になりながら、東京にも飽きたかな。
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23

 

9月

 

2013

22.09.22 Sun

  江戸を知るには、明暦の大火(1957年)天保(1831年~44年)の改革覚えておきたい。明暦の大火で、吉原遊郭が葦屋町(現日本橋人形町)から浅草寺裏日本堤(現台東区千束4丁目)に移転し、昭和32年3月31日その幕を閉じた。村山(市村)座、猿若(中村)座、河原崎(森田)座が天保の改革により、これまた木挽町(銀座5丁目)や葦屋町から、これまた浅草寺裏に移転し、猿若三座として賑わい、明治の初めまであった。また、その周辺には芸者衆が集まり色街を形成した。いまはそこまでの面影はないが、浅草寺の九代目市川團十郎の十八番「暫」の銅像と浅草3丁目の浅草見番にの残り香が感じられる。どうも、人形町と浅草寺裏は親戚同士なのである。だから、というわけでもないのだが、私は人形町と浅草寺裏に頻繁に出没する。
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22

 

9月

 

2013

25.09.21 Sat

  空っぽではあるものの、いささか重い頭を抱えて7時にシャワー。大量に残っているアルコールを洗い落とす。午前は、事務所の会議。11時に入谷を出て根津神社例大祭。江戸っ子でもないのに、祭り好き。その昔、根津神社周辺に遊郭があった。明治21年に深川は洲崎の埋立地に移転した。最高学府たる東京帝国大学の学生の勉学に支障があるからだという。秋祭りの匂いをたっぷり吸って、15時に入谷に戻る。
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21

 

9月

 

2013

25.09.20 Fri

  10時に東銀座のクリニック。12時にアップルストア銀座の前を通り、長蛇の列に今更ながらIPhoneの人気に驚く。12時半に日本橋。13時に神谷町。15時半に事務所。16時に友人が来所。17時に、友人とともに鶯谷の一休。ビールで乾杯。後は、二人でホッピーをグビグビ、ゴクゴク。20時半に店を出たころには、二人とも千鳥足。ここまで飲むのは、我らが世代の特徴。確か、21時前に別室に戻ったと思うが、記憶は定かでない。
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20

 

9月

 

2013

25.09.19 Thu

  8時半に事務所を出て10時に三軒茶屋。13時に赤坂見附。15時半に西新宿。18時に事務所に戻り、19時には四川厨房でホッピーと麻婆豆腐。20時に店を出て、空を仰ぐ。満月。別室に戻り池波正太郎。毛利勝永と大阪城落城に関するエッセイを読む。天下の名城も、外堀・内堀を埋められては3日ともたなかった。にもかかわらず城と豊家に殉じた勝永。どうも、幸村よりも恰好がいい。勝永を主人公にした小説として、仁木英之『大阪将星伝』があるらしい。
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18

 

9月

 

2013

25.09.18 Wed

  3時に起床。5時半まで仕事。一眠りして、7時半にシャワー。8時半に事務室。9時半に来客。10時半に銀座の顧問先。11時半に事務所。12時に事務所を出て、13時に品川区は中延。ドトールでホットドックを頬張り、顧問先へ。15時半に事務所。17時半に事務所を出て、18時に美々卯京橋店へ。その昔、大阪に出張した時には、必ずといっていいほど美々卯本店で食事をした。当時も東京には京橋店と新橋店があったが、東京と大阪では味が異なっていた。最後に大阪本店でうどんすきを食べたのが25年ほど前。いまは、大阪の味を忘れてしまった。入谷に戻り21時半。そのまま意識不明。
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18

 

9月

 

2013

25.09.17 Tue

  5時に入谷。昼休みに台東区立中央図書館に行く。台東区史全6巻を購入。15時半に事務所を出て所用。そのまま食事。入谷に戻り、さっそく、台東区史の上野台(上野公園)の古墳群についての記事を読む。東京地区は、家康の入府以来、都市化が急速に進み、それ以前の遺構を保存・記録する余裕がなかった。やはり、東京にも古墳群があったようだ。埴輪、土器などが、博物館の改築の際に地中から出土したらしい。ひと眠りして、夜半に起きだし仕事を少々。
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16

 

9月

 

2013

25.09.16 Mon

  台風.一過、甚大な被害を残したことは悲しむべきことだか、やっと爽やかな秋が来る。今日は、自宅書斎で終日を過ごす。お供は、池波正太郎と葉室麟。そして浅草、上野、根岸の歴史。現在から、昔へ、過去へと遡る。飲み屋街(花柳界)形成史がテーマ。どうしても、ここに興味が。
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16

 

9月

 

2013

25.09.15 Sun

  慶長5年9月15日、美濃の国は関ヶ原で戦があった。413年前の今日である。いや、西暦でいえば10月21日であるから、今日の話ではない、という理論はこの際は無視する。で、何の話かというと、私のようにコチョコチョと時代物を読んでいると、この国の精神風土の地域性は、どうも室町の彼方に土台が造られ、関ヶ原以後100年で上物が完成し、その後200年程度続いたものの、その上物はいまは一部を残しながら崩壊してしまった、と考えるのである。で、精神風土の地域性であるが、この説明はややこしいので別にしたい。一言でいえば、その地域の昔ながらの風習と言おうか、その人の考え方の地域的特性と言おうか、そんなもんである。16時からの小宴を終え、夜半に関ヶ原のことを思い出した。
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14

 

9月

 

2013

25.09.14 Sat

  今日は、雲隠れ。メール、携帯の類は一切遮断。朝の6時、伝助と入谷を離れる。また明日。
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14

 

9月

 

2013

25.09.13 Fri

  11時半に近くの整体院。13時半に事務所。今日も昼を食べ損ねる。16時半に来客。18時半に四川厨房。定番のホッピーに麻婆豆腐、牛タンと蜂の巣の辛味和え、どういうわけか海鮮サラダ。別室に戻り20時。静かに「月神」(葉室麟)を読む。月形半平太のモデル・福岡藩士月形洗蔵とその甥潔を描いた小説。久しぶりに、小気味いい文を味わう。闇夜の月光、夜明けの曙光のごとく、明けてしまえば消えてなくなる定めの生き方は、かのごとく語られねばならない。初秋。
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12

 

9月

 

2013

25.09.12 Thu

  3時に起きる。ブログを更新したり、メールをチェックしたり、クラウド・データを調べたりと、なにかと忙しい。7時にシャワー。8時半に事務室。午前は、午後の仕事の資料つくり。11時半に事務所を出て、13時に横浜は洋光台。仕事を終え、15時半に事務所。今日も、昼を食べ損ねる。事務室ですこしばかり仕事をして。17時に入谷駅。友人と落ち合い、鶯谷の一休へ。新さんまの塩焼きやら、牛筋煮込みやら、ホヤの塩辛やら、全くの居酒屋であるが、BGMはブルー・ノート。おそらくマイルス。こういうところが、鶯谷のディープさ。ご存知の方はご存知だろうが、鶯谷のディープさは半端ではない。戦前までは料亭街だった。花柳界といえば、上野のお山をはさんで下谷(池之端)花柳界が有名。お山の西・根津には、根津遊郭もあった。とにかく、上野のお山の周辺は、結構ディープなのだ。私は、実践的に花柳界に詳しくなるほどの金も度胸もないのだが、暇と講学上のチャンスはあった。いずれご案内したいのだが、下谷花柳界にはチョイと知識がある。宮川一郎の「恋桜」の脚本を読むと、その魅力が伝わろうというもの。20時半に別室。完全に朝方人間。もう眠い。
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11

 

9月

 

2013

25.09.11 Wed

  4時起床。仕事。尻どころか全身火だるま。7時半にシャワー。8時半に事務室。昼を抜いて、午後は中延へ。帰路、理髪店に立寄り、16時に入谷。18時半に四川厨房。麻婆豆腐とから揚げで、ホッピーをグビグビ。別室に戻り19時半。青空文庫で「古事記」を読む。もちろん青空文庫も口語訳。ギリシャの神々も大らかだが、日本の神々も大らかで、いささか粗忽でもある。とにかくこのくだり、高校の教科賞には載せられないほど際どい。でも、なんで我が国の長男は淡路島なんだろうか。
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10

 

9月

 

2013

25.09.10 Tue

  10時に人形町。事務所に戻り。16時半に銀座。17時半に西安料理の刀削麺園。火炎鍋で汗だく。西安は、唐代には長安と称され、日本の京都の兄貴分。当時の日本は、長安を模して平安京を造ったが、「麻・マー」と「辣・ラー」の食の味覚まではまねなかった。その昔、遣唐使として派遣された使節団の日本人は、長安の都で火炎鍋を食べたんだろうか。
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09

 

9月

 

2013

25.09.09 Mon

  5時に入谷。一眠りし事務室。午後から恵比寿。18時半に上野精養軒。30年前に伴に働いた戦友と久方ぶりに語り合う。膨大なシステムの開発依頼をする立場と、開発する立場。帰りは、常に25時過ぎ。帰宅時間が遅いからといって、出勤時間が遅いわけではない。たまの休みは、ひたすら寝るだけ。30代半ばの話。仕事ってのは、究極は体力勝負であることを知った。
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08

 

9月

 

2013

25.09.08 Sun

  朝5時半、2020年のオリンピック開催地が東京に決まったことを知る。10時に市川東光寺。長い付き合いの御坊と久しぶりに会う。同級生でもあり、お互い歳を重ねた。私はいたずらに、御坊はそれなりに。酩酊状態で自宅に戻り、オリンピック関係のニュースを観る。滝川クリステルのスピーチがいい。「もし皆様が東京で何かをなくしたならば、ほぼ確実にそれは戻ってきます。例え現金でも。実際に昨年、現金3000万ドル以上が、落し物として、東京の警察署に届けられました。」。これは、東京だけでなく日本の特質。いや、日本人の特質。ちょっぴり嘘をつくのも、ちょっぴり情報を隠すのも特質のようですが。気が付くと深夜。昼酒は効く。
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08

 

9月

 

2013

25.09.07 Sat

  9時に事務室に入り仕事。昼は、スタッフときみはんでラーメン。午後は、丸の内へ。3日連続の弁護士との打合せ。夜は、もうクタクタ。この3日間、判例・事例研究など相当勉強した。法学部の出身とはいえ、小生の場合は「あほう学」専攻。頭が痛い。
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06

 

9月

 

2013

25.09.06 Fri

  13時に北千住の顧問先。そのまま17時半に丸の内の某法律事務所。昨日と同じパターン。会議を終え、ほろ酔いで別室に23時過ぎ。どこで何をしていたのか。どうも、法律家と話し込むと頭が痛くなる。
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05

 

9月

 

2013

25.09.05 Thu

 10時に来客。一時間余り、新規事業立ち上げについての打ち合わせ。14時に丸の内の某法律事務所。打ち合わせをすること4時間。夜は丸の内ハゲ天でてんぷら。少々お疲れ。ほろ酔い気分でタクシーに乗り、入谷に21時。シャワーを浴びゴロリ。いよいよIOC総会。2020年のオリンピック開催地、イスタンブールか、マドリードか、はたまた東京か。IOC総会の票読みほど当てにならないものはないといわれる。なんせ、王子だとか王女だとか大公だとか王太子という方々が委員を務め、投票をなさる。その心のうちはなかなか読めるものではない。
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04

 

9月

 

2013

25.09.04 Wed

 16時半に事務所を出て、歩いて浅草へ。スカイツリーの姿を目前にしながら吾妻橋を渡り、海老屋総本舗で手土産を求め、アサヒビール・タワー22階のラ・ラナリータで会食。ときどき手を使いながら、久しぶりに箸を使わず、ナイフとフォークのみでイタリアンを食べる。入谷に戻る途中、タクシーの車窓から浅草の街を眺める。この街に飛び込んだのが45年前。浮浪者のようではなく、浮浪者そのものだった時期もある。時代がそうだったと言い訳もできるが、あまり自慢できる若者じゃなかった、と自分でも思う、本人は、けっこう楽しかったが。
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03

 

9月

 

2013

25.09.03 Tue

 謎の社会学者パオロ・マッツァリーノ氏によれば、日本の侵入盗は、一時期を除き一貫して減少しており、98年から02年にかけての時期を例外にして、日本の治安は1971年をピークに安全化傾向にあるという(「侵入盗 認知件数」参照。)。それはそれで少々驚きなのだが、なぜ98年から02年にかけて急増したのかが気になる。97年には山一證券が破綻し、その後自殺件数も一気に上昇した。02年9月には、宇多田ヒカルが写真家・紀里谷和明と結婚した。関係ないだろうが、事実の背景には何か要因がある。犯罪件数増加の原因は何か。てなことを、4人で四川厨房で散々飲みかつ食べた後、考え込んだ。忙しいようでも、暇な男です。ホンに、忙しいのか暇なのか、自分でも分からない。

(注)侵入盗は、空き巣だけでなく、忍び込み(夜間、寝ているあいだに入る泥棒)や事務所荒らしなど、建物内に侵入して盗むタイプの犯罪の総数とのことです。被害にあったことを隠す必要がない犯罪ですから、実態を表現しているようです。もっとも、ヤバいものを盗まれたら別ですが。

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02

 

9月

 

2013

25.09.02 Mon

  9月になっても変わらぬ暑さ。午後の出張が堪える。暑くても、期限は容赦なく襲ってくる。夜は、北千住でビールで乾杯。ビールを飲み始めたのはメソポタミア文明のシュメール人というが、少なくとも日本では、幕末までは飲まれていなかったようだ。信長あたりは飲むチャンスはあったかもしれないが、下戸の信長が飲むとは思えない。日本人で最初にビールについて感想を述べたのは、幕府遺米使節団の玉虫左太夫といわれている。塩豚とともにビールを船上で船長から振る舞われたようだ。「苦味ナレドモ口ヲ湿スニ足ル」と記しているという。1860年のことである。その後、酒飲みの福沢諭吉なんかは、i相当ビールを飲んだらしい。もっとも大酒飲みの諭吉先生は、ビールなんかでは泥酔することはなかったろう。爾来150年、乾杯にはビールが日本でのゴールデン・ルール。ビールは、グローバル・スタンダードの先駆け。ということで、今日もビール。
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01

 

9月

 

2013

25.09.01 Sun

 

 伝助にガソリン。そして洗車。以外は無人の自宅で、愛犬とともに過ごす。NHKシルクロードで、砂漠に消えた楼蘭王国を観る。陽関を出でれば故人なからん、と王維が詠んだその陽関の先に楼蘭があった。もっとも王維のころには楼蘭は砂漠に消えている。中央アジアを中心に歴史を顧みると、世界が一変する。世界地図は、中心に日本を置いたものと、日本を東端に置いたものとが必要。

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01

 

10月

 

2013

25.09.30 Mon

 昼に赤坂見附のニューオータニに出かけ、顧客と打ち合わせ。以外は、事務所で仕事。夜は、栄龍で食事。ごくごく定番の一日。月末だもんな。
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29

 

9月

 

2013

25.09.29 Sun

 5時半に事務室。11時に郵便局。ついでに鶯谷から上野をしばし散策。忍岡中学校を左手に新坂国立博物館方面へ。上野に出て地下鉄で入谷へ。午後、伝助で千葉へ。愛犬としばし戯れる。
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29

 

9月

 

2013

25.09.28 Sat

 少々風邪気味。昼下がりにひと眠りし、気が付くと18時。のどの痛み、せき、はなみずが消えている。冷蔵庫からホッピーを取り出し、焼酎とともにゴクゴク、グビグビ。お相手は鰻の大和煮。こいつが、すばらしい相手となって、夜が更ける。
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27

 

9月

 

2013

25.09.27 Fri

 血圧の薬を飲むと、血圧が下がり、頭に血が行かなくなってボケる、という話。今日仕入れた都市伝説。私も降圧剤を飲んでかれこれ20年。最近、忘却力に拍車がかかってきたのも、あながち歳のせいだけでなく、降圧剤が作用してきているのかな。
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27

 

9月

 

2013

25.09.26 Thu

 風邪get。朝から、咽喉、咳、鼻水。
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26

 

9月

 

2013

25.09.25 Wed

 10時に上野の顧問先。昼は、上野松阪屋のお好み食堂で珍しくしっかりと食べる。13時に津田沼。決算報告。16時に人形町。ハッピー・リタイヤと事業承継に関する相談。夜は、上野松阪屋向かいの鈴乃屋裏のファンタジスタ。ベーコン、エビ、ピザ、パスタでワインをグビグビ。江戸末期、この上野広小路には河内楼、松源、雁鍋、鳥八十、青凌亭、宝菜亭などの料理茶屋があり、江戸有数の賑いをみせていた。上野戦争での、官軍側の前線本部は、松阪屋いとう呉服店の二階であった。また新撰組副長土方歳三は、この松阪屋いとう呉服店に奉公していたという説もある。しばし、歴史ある町を徘徊する。ほろ酔いで事務所に戻り20時。重い鞄を置いたら、急に意識が薄れる。少々、お疲れかな。
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9月

 

2013

25.09.24 Tue

 5時に入谷。仕事を少々。一眠りして、7時半にシャワー。8時半に事務室。11時に来客。重たい話を一時間半。急いで厚木へ。クライアントと、決算の見通しと今後の課題を話し合い16時半に終了。18時過ぎに北千住。今日も昼抜き。鳥しげ食事をして入谷に戻る。涼しくなったとはいえ、まだまだ暑い。
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9月

 

2013

25.09.23 Mon

 故在って、東京を離れていた。ほとんど伝助Ⅲ号とともに、といっていいほど運転ばかり。昼過ぎに入谷に戻り。夕方に千葉。久しぶりに愛犬達と戯れる。横になりながら、東京にも飽きたかな。
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23

 

9月

 

2013

22.09.22 Sun

 江戸を知るには、明暦の大火(1957年)天保(1831年~44年)の改革覚えておきたい。明暦の大火で、吉原遊郭が葦屋町(現日本橋人形町)から浅草寺裏日本堤(現台東区千束4丁目)に移転し、昭和32年3月31日その幕を閉じた。村山(市村)座、猿若(中村)座、河原崎(森田)座が天保の改革により、これまた木挽町(銀座5丁目)や葦屋町から、これまた浅草寺裏に移転し、猿若三座として賑わい、明治の初めまであった。また、その周辺には芸者衆が集まり色街を形成した。いまはそこまでの面影はないが、浅草寺の九代目市川團十郎の十八番「暫」の銅像と浅草3丁目の浅草見番にの残り香が感じられる。どうも、人形町と浅草寺裏は親戚同士なのである。だから、というわけでもないのだが、私は人形町と浅草寺裏に頻繁に出没する。
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9月

 

2013

25.09.21 Sat

 空っぽではあるものの、いささか重い頭を抱えて7時にシャワー。大量に残っているアルコールを洗い落とす。午前は、事務所の会議。11時に入谷を出て根津神社例大祭。江戸っ子でもないのに、祭り好き。その昔、根津神社周辺に遊郭があった。明治21年に深川は洲崎の埋立地に移転した。最高学府たる東京帝国大学の学生の勉学に支障があるからだという。秋祭りの匂いをたっぷり吸って、15時に入谷に戻る。
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9月

 

2013

25.09.20 Fri

 10時に東銀座のクリニック。12時にアップルストア銀座の前を通り、長蛇の列に今更ながらIPhoneの人気に驚く。12時半に日本橋。13時に神谷町。15時半に事務所。16時に友人が来所。17時に、友人とともに鶯谷の一休。ビールで乾杯。後は、二人でホッピーをグビグビ、ゴクゴク。20時半に店を出たころには、二人とも千鳥足。ここまで飲むのは、我らが世代の特徴。確か、21時前に別室に戻ったと思うが、記憶は定かでない。
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9月

 

2013

25.09.19 Thu

 8時半に事務所を出て10時に三軒茶屋。13時に赤坂見附。15時半に西新宿。18時に事務所に戻り、19時には四川厨房でホッピーと麻婆豆腐。20時に店を出て、空を仰ぐ。満月。別室に戻り池波正太郎。毛利勝永と大阪城落城に関するエッセイを読む。天下の名城も、外堀・内堀を埋められては3日ともたなかった。にもかかわらず城と豊家に殉じた勝永。どうも、幸村よりも恰好がいい。勝永を主人公にした小説として、仁木英之『大阪将星伝』があるらしい。
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9月

 

2013

25.09.18 Wed

 3時に起床。5時半まで仕事。一眠りして、7時半にシャワー。8時半に事務室。9時半に来客。10時半に銀座の顧問先。11時半に事務所。12時に事務所を出て、13時に品川区は中延。ドトールでホットドックを頬張り、顧問先へ。15時半に事務所。17時半に事務所を出て、18時に美々卯京橋店へ。その昔、大阪に出張した時には、必ずといっていいほど美々卯本店で食事をした。当時も東京には京橋店と新橋店があったが、東京と大阪では味が異なっていた。最後に大阪本店でうどんすきを食べたのが25年ほど前。いまは、大阪の味を忘れてしまった。入谷に戻り21時半。そのまま意識不明。
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9月

 

2013

25.09.17 Tue

 5時に入谷。昼休みに台東区立中央図書館に行く。台東区史全6巻を購入。15時半に事務所を出て所用。そのまま食事。入谷に戻り、さっそく、台東区史の上野台(上野公園)の古墳群についての記事を読む。東京地区は、家康の入府以来、都市化が急速に進み、それ以前の遺構を保存・記録する余裕がなかった。やはり、東京にも古墳群があったようだ。埴輪、土器などが、博物館の改築の際に地中から出土したらしい。ひと眠りして、夜半に起きだし仕事を少々。
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9月

 

2013

25.09.16 Mon

 台風.一過、甚大な被害を残したことは悲しむべきことだか、やっと爽やかな秋が来る。今日は、自宅書斎で終日を過ごす。お供は、池波正太郎と葉室麟。そして浅草、上野、根岸の歴史。現在から、昔へ、過去へと遡る。飲み屋街(花柳界)形成史がテーマ。どうしても、ここに興味が。
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9月

 

2013

25.09.15 Sun

 慶長5年9月15日、美濃の国は関ヶ原で戦があった。413年前の今日である。いや、西暦でいえば10月21日であるから、今日の話ではない、という理論はこの際は無視する。で、何の話かというと、私のようにコチョコチョと時代物を読んでいると、この国の精神風土の地域性は、どうも室町の彼方に土台が造られ、関ヶ原以後100年で上物が完成し、その後200年程度続いたものの、その上物はいまは一部を残しながら崩壊してしまった、と考えるのである。で、精神風土の地域性であるが、この説明はややこしいので別にしたい。一言でいえば、その地域の昔ながらの風習と言おうか、その人の考え方の地域的特性と言おうか、そんなもんである。16時からの小宴を終え、夜半に関ヶ原のことを思い出した。
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2013

25.09.14 Sat

 今日は、雲隠れ。メール、携帯の類は一切遮断。朝の6時、伝助と入谷を離れる。また明日。
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9月

 

2013

25.09.13 Fri

 11時半に近くの整体院。13時半に事務所。今日も昼を食べ損ねる。16時半に来客。18時半に四川厨房。定番のホッピーに麻婆豆腐、牛タンと蜂の巣の辛味和え、どういうわけか海鮮サラダ。別室に戻り20時。静かに「月神」(葉室麟)を読む。月形半平太のモデル・福岡藩士月形洗蔵とその甥潔を描いた小説。久しぶりに、小気味いい文を味わう。闇夜の月光、夜明けの曙光のごとく、明けてしまえば消えてなくなる定めの生き方は、かのごとく語られねばならない。初秋。
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2013

25.09.12 Thu

 3時に起きる。ブログを更新したり、メールをチェックしたり、クラウド・データを調べたりと、なにかと忙しい。7時にシャワー。8時半に事務室。午前は、午後の仕事の資料つくり。11時半に事務所を出て、13時に横浜は洋光台。仕事を終え、15時半に事務所。今日も、昼を食べ損ねる。事務室ですこしばかり仕事をして。17時に入谷駅。友人と落ち合い、鶯谷の一休へ。新さんまの塩焼きやら、牛筋煮込みやら、ホヤの塩辛やら、全くの居酒屋であるが、BGMはブルー・ノート。おそらくマイルス。こういうところが、鶯谷のディープさ。ご存知の方はご存知だろうが、鶯谷のディープさは半端ではない。戦前までは料亭街だった。花柳界といえば、上野のお山をはさんで下谷(池之端)花柳界が有名。お山の西・根津には、根津遊郭もあった。とにかく、上野のお山の周辺は、結構ディープなのだ。私は、実践的に花柳界に詳しくなるほどの金も度胸もないのだが、暇と講学上のチャンスはあった。いずれご案内したいのだが、下谷花柳界にはチョイと知識がある。宮川一郎の「恋桜」の脚本を読むと、その魅力が伝わろうというもの。20時半に別室。完全に朝方人間。もう眠い。
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11

 

9月

 

2013

25.09.11 Wed

 4時起床。仕事。尻どころか全身火だるま。7時半にシャワー。8時半に事務室。昼を抜いて、午後は中延へ。帰路、理髪店に立寄り、16時に入谷。18時半に四川厨房。麻婆豆腐とから揚げで、ホッピーをグビグビ。別室に戻り19時半。青空文庫で「古事記」を読む。もちろん青空文庫も口語訳。ギリシャの神々も大らかだが、日本の神々も大らかで、いささか粗忽でもある。とにかくこのくだり、高校の教科賞には載せられないほど際どい。でも、なんで我が国の長男は淡路島なんだろうか。
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10

 

9月

 

2013

25.09.10 Tue

 10時に人形町。事務所に戻り。16時半に銀座。17時半に西安料理の刀削麺園。火炎鍋で汗だく。西安は、唐代には長安と称され、日本の京都の兄貴分。当時の日本は、長安を模して平安京を造ったが、「麻・マー」と「辣・ラー」の食の味覚まではまねなかった。その昔、遣唐使として派遣された使節団の日本人は、長安の都で火炎鍋を食べたんだろうか。
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09

 

9月

 

2013

25.09.09 Mon

 5時に入谷。一眠りし事務室。午後から恵比寿。18時半に上野精養軒。30年前に伴に働いた戦友と久方ぶりに語り合う。膨大なシステムの開発依頼をする立場と、開発する立場。帰りは、常に25時過ぎ。帰宅時間が遅いからといって、出勤時間が遅いわけではない。たまの休みは、ひたすら寝るだけ。30代半ばの話。仕事ってのは、究極は体力勝負であることを知った。
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08

 

9月

 

2013

25.09.08 Sun

 朝5時半、2020年のオリンピック開催地が東京に決まったことを知る。10時に市川東光寺。長い付き合いの御坊と久しぶりに会う。同級生でもあり、お互い歳を重ねた。私はいたずらに、御坊はそれなりに。酩酊状態で自宅に戻り、オリンピック関係のニュースを観る。滝川クリステルのスピーチがいい。「もし皆様が東京で何かをなくしたならば、ほぼ確実にそれは戻ってきます。例え現金でも。実際に昨年、現金3000万ドル以上が、落し物として、東京の警察署に届けられました。」。これは、東京だけでなく日本の特質。いや、日本人の特質。ちょっぴり嘘をつくのも、ちょっぴり情報を隠すのも特質のようですが。気が付くと深夜。昼酒は効く。
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08

 

9月

 

2013

25.09.07 Sat

 9時に事務室に入り仕事。昼は、スタッフときみはんでラーメン。午後は、丸の内へ。3日連続の弁護士との打合せ。夜は、もうクタクタ。この3日間、判例・事例研究など相当勉強した。法学部の出身とはいえ、小生の場合は「あほう学」専攻。頭が痛い。
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06

 

9月

 

2013

25.09.06 Fri

 13時に北千住の顧問先。そのまま17時半に丸の内の某法律事務所。昨日と同じパターン。会議を終え、ほろ酔いで別室に23時過ぎ。どこで何をしていたのか。どうも、法律家と話し込むと頭が痛くなる。
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05

 

9月

 

2013

25.09.05 Thu

 10時に来客。一時間余り、新規事業立ち上げについての打ち合わせ。14時に丸の内の某法律事務所。打ち合わせをすること4時間。夜は丸の内ハゲ天でてんぷら。少々お疲れ。ほろ酔い気分でタクシーに乗り、入谷に21時。シャワーを浴びゴロリ。いよいよIOC総会。2020年のオリンピック開催地、イスタンブールか、マドリードか、はたまた東京か。IOC総会の票読みほど当てにならないものはないといわれる。なんせ、王子だとか王女だとか大公だとか王太子という方々が委員を務め、投票をなさる。その心のうちはなかなか読めるものではない。
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04

 

9月

 

2013

25.09.04 Wed

 16時半に事務所を出て、歩いて浅草へ。スカイツリーの姿を目前にしながら吾妻橋を渡り、海老屋総本舗で手土産を求め、アサヒビール・タワー22階のラ・ラナリータで会食。ときどき手を使いながら、久しぶりに箸を使わず、ナイフとフォークのみでイタリアンを食べる。入谷に戻る途中、タクシーの車窓から浅草の街を眺める。この街に飛び込んだのが45年前。浮浪者のようではなく、浮浪者そのものだった時期もある。時代がそうだったと言い訳もできるが、あまり自慢できる若者じゃなかった、と自分でも思う、本人は、けっこう楽しかったが。
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03

 

9月

 

2013

25.09.03 Tue

 謎の社会学者パオロ・マッツァリーノ氏によれば、日本の侵入盗は、一時期を除き一貫して減少しており、98年から02年にかけての時期を例外にして、日本の治安は1971年をピークに安全化傾向にあるという(「侵入盗 認知件数」参照。)。それはそれで少々驚きなのだが、なぜ98年から02年にかけて急増したのかが気になる。97年には山一證券が破綻し、その後自殺件数も一気に上昇した。02年9月には、宇多田ヒカルが写真家・紀里谷和明と結婚した。関係ないだろうが、事実の背景には何か要因がある。犯罪件数増加の原因は何か。てなことを、4人で四川厨房で散々飲みかつ食べた後、考え込んだ。忙しいようでも、暇な男です。ホンに、忙しいのか暇なのか、自分でも分からない。

(注)侵入盗は、空き巣だけでなく、忍び込み(夜間、寝ているあいだに入る泥棒)や事務所荒らしなど、建物内に侵入して盗むタイプの犯罪の総数とのことです。被害にあったことを隠す必要がない犯罪ですから、実態を表現しているようです。もっとも、ヤバいものを盗まれたら別ですが。

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02

 

9月

 

2013

25.09.02 Mon

 9月になっても変わらぬ暑さ。午後の出張が堪える。暑くても、期限は容赦なく襲ってくる。夜は、北千住でビールで乾杯。ビールを飲み始めたのはメソポタミア文明のシュメール人というが、少なくとも日本では、幕末までは飲まれていなかったようだ。信長あたりは飲むチャンスはあったかもしれないが、下戸の信長が飲むとは思えない。日本人で最初にビールについて感想を述べたのは、幕府遺米使節団の玉虫左太夫といわれている。塩豚とともにビールを船上で船長から振る舞われたようだ。「苦味ナレドモ口ヲ湿スニ足ル」と記しているという。1860年のことである。その後、酒飲みの福沢諭吉なんかは、i相当ビールを飲んだらしい。もっとも大酒飲みの諭吉先生は、ビールなんかでは泥酔することはなかったろう。爾来150年、乾杯にはビールが日本でのゴールデン・ルール。ビールは、グローバル・スタンダードの先駆け。ということで、今日もビール。
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01

 

9月

 

2013

25.09.01 Sun

 伝助にガソリン。そして洗車。以外は無人の自宅で、愛犬とともに過ごす。NHKシルクロードで、砂漠に消えた楼蘭王国を観る。陽関を出でれば故人なからん、と王維が詠んだその陽関の先に楼蘭があった。もっとも王維のころには楼蘭は砂漠に消えている。中央アジアを中心に歴史を顧みると、世界が一変する。世界地図は、中心に日本を置いたものと、日本を東端に置いたものとが必要。

 

 

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友廣清志税理士事務所

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2020年

4月

06日

20.04.06 Mon

 なんだか世界が一変したようです。上野、アメ横はガラガラ。千葉もガラガラ。いつも行列しなければならない食堂もガラガラ。首都圏だけの現象だといいのですが。地方に住む知人の話を聞きますと、まったく対岸の火事のようなところもありました。これはこれでホッとしたのですが、ウイルスの拡散速度とこれに対する政府と個人の対応の速度。対応速度が拡散速度を上回らなければ。ぼくなんか緊張感が続かないところがありますので、気をつけます。

2020年

4月

02日

20.04.02 Wed

 3月1日には29人。4月1日には527人。東京都のコロナ感染判明者数です。全国的に見て224人が2107人へ。全世界で87千人が873千人へ。基となるデータが異なるため、必ずしも正しい結論とは言えませんが、東京の感染速度が加速しているような気がします。それでも、この流れで4月中にストップがかかればいいのですが。ニューヨーク市は3月1日に感染者が初めて発見されたのですが、それが4月1日には48,000人です。爆発が繰り返されなければいいのですが。

2020年

3月

31日

20.03.31 Tue

 おいおいオイオイ。もう3月も最終日ではないですか。高血、糖尿、心臓疾患、高齢と、コロナのメインターゲットであるぼくは、これまで、世間の騒ぎを遠い向こうの話と思っていました。昔から、危機感が薄いというか、浅薄というか、リアリティをもって物事に接することができないタイプのようなのですが、最近ちょっとやばいかなと思うようになりました。同世代の志村けんさんが、ああもあっさりと召されるなんて。それこそ、オイオイおいおい、他人事じゃないぞ。

2020年

3月

24日

20.03.24 Tue

 咳やくしゃみをすると睨まれてしました。花粉症が原因で、マスクもしているのに。思わず、言い訳をしそうになります。今日の電車のなかでの話です。

2020年

3月

20日

20.03.20 Fri

 川があれば橋があります。道があれば坂があります。清水橋とか忍坂。東京の橋と坂です。粋な名称じゃないですか。だれが名付けたか分かりませんが。少なくとも行政ではないでしょうね。

2020年

3月

19日

20.03.19 Thu

 世のなかのことについてコメントする知見はないのですが、ぼくの身の回りのことについては、ぼくしかコメントすることしかできません。何かおかしいのです。株主総会を含め集まりがなくなりました。夜の案内もまったく届きません。夜の案内といっても変な案内ではないです。すし屋に入ってもガラガラです。駅の構内も往来も、ぶつからないで歩けるほどスカスカ。確かにコロナは怖いですけれど、ぼくにはコロナ以外に怖いものがいっぱいあります。年寄の自粛は分かりますが、若い人はそんなに委縮しなくてもいいんじゃないでしょうか。もっとも、加害者になることは避けるルールは必要ですが。

2020年

3月

16日

20.03.16 Mon

 途切れ途切れにブログを更新している間に、世のなかが大変なことになっている。コロナウイルスの恐ろしさもあるが、これによる経済の冷え込みへの恐怖。過剰に敏感にならない方がいいような気がするのですが、そうもいかないのでありましょう。個人的には、心臓に疾患のあるぼくなんか、よほど注意しなければならないのですが、あまり切迫感を感じないのは、ぼくが極度に鈍感なせいでしょうか。