31

 

1月

 

2014

26.01.31 Fri

  午後、新宿に赴き16時過ぎに事務所に戻る。18時から、男性陣三人、女性陣三人にお子様一人で事務所の食事会。四川厨房で、石鍋麻婆豆腐、火炎鍋を囲む。21時に終え、別室に。横になりながら、小林秀雄対話集『直感を磨くもの』(新潮文庫)を手にとる。小林秀雄の精神の強靭さに敬服しつつも、酔いで頭がクラクラし始める。
続きを読む

 

30

 

1月

 

2014

26.01.30 Thu

  10時に来客。13時に来客。14時に来客。18時に神田。くらどで会食。20時に食事を終え、駅前の書店に立寄り幾冊購入。別室に戻り21時。途中、事務所スタッフと出会う。遅くまで申し訳ない。鼻水がとまらない。花粉症なのか、風邪なのか不明。ということで、今夜も風邪薬と花粉症の薬もついでに飲む。早速、買い求めた野口武彦『異形の維新史』(草思社)を読み始める。私が大阪にいた若いころ、野口先生の私塾に学んだことがある。当時先生は、東京から着任されたばかりの神戸大学の講師であり、新進の文芸評論家でもあった。まったくの体育会系の私が、文化に触れる触媒となった方である。三島由紀夫、小林秀雄を初めて精読したのは先生のもとであった。いまは学問の世界から解き放たれ、自由に作家活動を楽しまれているようだ。
続きを読む

 

30

 

1月

 

2014

26.01.29 Wed

 午前は、昨日、一昨日に引き続き別室で仕事。午後は、:伝助Ⅲ号に乗り津田沼。往路は45分、帰路は1時間半。まったく、当てにならないナビだ。渋滞に突っ込む、道に迷う、肝心な時に沈黙する。ナビにブツブツ文句を言いながら16時に事務所。所用で出かけ、夜は四川厨房。

続きを読む

 

28

 

1月

 

2014

26.01.28 Tue

 明治の後期、仕立屋銀次というスリがいた。子分が500人を有する大親分である。浅草で生まれ、日本橋の仕立屋に奉公に入り、細を娶ったのだが、その妻をすて、恋仲になった相手が、有名なスリの親分の一人娘。しかたがない、と思ったのか、これ幸いと思ったのか、跡を継いでスリの大親分となる。明治42年6月23日午前10時、日暮里の妾宅で警察に逮捕されたという。大捕物だったらしい。その場所がここ㉘。いまの東日暮里5丁目。荒川区であるが明治の時代には下谷上根岸、江戸時代には金杉村。相馬事件など、江戸末期から明治にかけて、この根岸あたりを舞台にした事件がけっこう多い。

続きを読む

 

27

 

1月

 

2014

26.01.27 Mon

 理由があって歩行困難。ほとんど終日、事務所別室で横になりながらの仕事。昼は、何とかごまかしたものの、夕飯は何かしっかりしたものを食べたい。出歩くことができない。こういうときにと、冷蔵庫に大事に保存していたのが、東京丸善もつ煮込み正調味噌味。これはもう、煮込みの王道を行く逸品。浅草ホッピー通り正ちゃんの牛筋煮込みは、正ちゃんで食べなくてはその味が生きてこないのだが、一人寂しく煮込みを食べるときは、この東京丸善のレトルト煮込み。ちょいと手を加え、味噌を足し、塩麹を少々加え、ニンニクのすりおろしをポッタとたらし、電子レンジでご飯をあっため、ホッピー、煮込み、ご飯と、交互に口に運べば、もうマイ・ワールド。人生における多少の不自由さも、どうってことない。

続きを読む

 

26

 

1月

 

2014

26.01.26 Sun

  故あって、安静を求められ、終日、横になる。実に退屈。愛犬相手に、語りかけたり、説教をしたり、と時間潰しを試みるのだが、なんせ相手は、さほど生きていて不満があるわけではなく、こちらの悩みすら届かない。そのうち、大相撲結びの一番が始まり、鶴竜が白鵬に勝利し、優勝決定戦。一気に退屈が消し飛ぶ。夜は、飲んではいけないアルコールを飲みながら、愛犬たちと戯れる。
続きを読む

 

26

 

1月

 

2014

26.01.25 Sat

 11時に舞浜ユーラシア。結婚式に出席。13時に結婚式。14時に披露宴。14自半には微酔、15時には酩酊、15時半には枕酔、16時には泥酔。気がつくと披露宴は終了。車で、千葉の自宅に着いて意識不明。飲み放題に意地汚く反応する習性は、歳をとっても変わらない。三つ子の魂死ぬまで、とはよくいったmのだ。

続きを読む

 

25

 

1月

 

2014

26.01.24 Fri

  10時に東銀座。一旦事務所に戻り、15時に再び東銀座。東銀座という駅はあるが、西銀座という駅はない。西銀座というショッピングセンターがある。ここの歴史は古い。もっとも、銀座の飲屋集積の代表といえば銀座ナイン銀座インズ。銀座という名称にこだわらず、このあたりの飲屋集積のチャンピオンといえば新橋駅前ビル。飲み屋の質が違う。赤提灯が並ぶビル地下である。いやはや、霞ヶ関時代にはお世話になりました。
続きを読む

 

23

 

1月

 

2014

26.01.23 Thu

  9時に事務所を出て、16時半に事務所に戻る。陽が長くなった。西日が明るい。西日と呼べば嫌われ者だが、夕陽と呼べばファンが多い。この時期の夕陽の長さは、春の近さを感じさせる。

 夕陽(せきよう) 長く送る 釣船の歸るを  杜牧

さて、今宵も四川厨房で、石焼麻婆豆腐を相手にホッピーでも飲むか。            続きを読む

 

23

 

1月

 

2014

26.01.22 Wed

  昨日に引き続き、8時半に事務所出て、9時半に西新宿。終日缶詰。夜は、上野東天紅で税理士会の会合。紹興酒をガブガブ。帰路に書店に立寄り、本を購入。21時に入谷に戻る。購入した『社会心理学講義』(小坂井敏昌)をパラパラ。その昔、エーリッヒ・フロムの『自由からの逃走』を読んだ時の感動を思い出す。
続きを読む

 

22

 

1月

 

2014

26.01.21 Tue

  8時半に事務所を出て、9:時半に西新宿。17時まで某所に缶詰。夜は、上野鈴乃屋の鳥福で食事。入谷に戻り21時。畳にゴロリ。大の字になり、天井を眺める。狭い部屋だが、天井の眺めは無限の宇宙のよう。少々お疲れだが、もちっと頑張るか。
続きを読む

 

21

 

1月

 

2014

26.02.20 Mon

  今日は大寒。寒い寒い。12時に出かけ、16時に戻ってきたのだが、日中でも寒い。夜は、四川厨房でサラダと麻婆豆腐。土鍋で出てくる麻婆を相手にホッピー。告白すると、やや体重が落ちております。ビール断ちをして3か月。別に、ビールを止めたからではないのだろうが、要は目標に向かっての心がけ。これが、仕事に出てこない。
続きを読む

 

20

 

1月

 

2014

26.01.19 Sun

  5時起床。7時に事務室。8時半に事務所を出て12時に戻る。そのまま、隣町の龍泉へ。所用を済ませ、龍泉から千束へと久しぶりに散歩。龍泉の地名は、江戸初期の頃、この地には竜泉寺という寺があったから。その竜泉寺は、上野寛永寺に飲み込まれて今はない。千束の名は、広い田圃を意味するらしい。家康時代以前は、浅草を含め、この辺は千束郷といわれていたという。穀倉地帯であった。その当時の地形は、今と異なり、亀戸、浅草、日比谷辺は海のなか。鎌倉、小田原ほどではないが、江戸もある程度都市化していたようだ。塩、米の海上輸送の要衝として重要な拠点だったという。江戸氏、豊島氏、太田氏という豪族がいた。夜は、千葉で愛犬とごろ寝。顔を舐められているうちに眠り込む。
続きを読む

 

19

 

1月

 

2014

25.01.18 Sat

 8時に事務室。11時半にヨドバシアキバ。13時に事務所に戻り、19時に仕事を終える。食事に出かけ、20時に戻る。いよいよ確定申告事務が始まりまった。

 ある時は李白の如く酔い酔いて歌いて世をば終らむと思ふ(中島敦『和歌(うた)でない歌』)続きを読む

 

17

 

1月

 

2014

25.01.17 Fri

 昼に事務所を出て、17時半過ぎに事務所に戻る。19時に食事に出かけ、20時過ぎに帰る。帳の降りた夜は、暗く寒い。19年前の今日は阪神淡路大震災。3年前には東日本大震災。この20年間に二つもの大震災を経験した。私が産まれた新潟県中越地震を含めれば3度。東京にいて、直接的な被害には出会わなかったが、周りにはその被害を被った知人・友人が多くいる。当時、感じた自然への畏怖、自然との調和、文明の脆弱さ、利便性追及の危険性……。己の感性が劣化して

いるな、と天を仰ぐ。

 

 


 

16

 

1月

 

2014

26.01.16 Thu

 昼、上野不忍池の弁天堂を通り抜け税理士会上野支部へ。この先を少し行くと無縁坂。鴎外やさだまさしで有名。無縁坂をさらに進むと東京大学。入って(入学ではない)、構内を抜ければ赤門に出る。赤門の前は見返り坂。道路を横切り、迷路のような小道を運よく通り抜けることができれば菊坂。この一隅に、樋口一葉が住んでいた。相当、暮らし向きは貧しかったといわれるが、いまや五千円札の顔。政府も、粋なことをするもんだ。菊坂からは、梨木坂、炭団坂に出る。山の手は坂で覚えろ、下町は橋で覚えろ、である。
続きを読む

 

16

 

1月

 

2014

26.01.15 Wed

 午後、代々木上原。15時半に事務所に戻る。夜は、四川厨房で火炎鍋を3人で囲む。時の流れは速いというか、その積み重なり方が希薄というか。最近、時の蓄積に重みが感じられない。
続きを読む

 

14

 

1月

 

2014

26.01.14 Tue

 10時半過ぎに日比谷線東銀座駅で降り、昭和通りを京橋方面へ。ここら辺りは、私が産まれるころまでは木挽町という町名であった。江戸時代は大名屋敷である。下総佐倉藩堀田家の中屋敷。中屋敷が、どういうものだったかはさておいて、引き続き銀座から赤坂見附へ。弁慶橋を渡りニューオータニ。この地は、戦前までは伏見の宮邸であった。江戸の末期は、井伊掃部頭直弼の中屋敷。もっとも暗殺された日は、掃部頭直弼は上屋敷(永田町)から出立している。江戸初期には、加藤清正の下屋敷であった。夜は、台東区の佐竹商店街にある班家で会食。佐竹商店街は、日本で二番目に古い商店街といわれ、江戸時代は出羽久保田藩(秋田)佐竹右京太夫の上屋敷。いやはや今日は、大名屋敷跡巡りの一日。
続きを読む

 

13

 

1月

 

2014

26.01.13 Mon

 幕末の三舟といえば、勝海舟、山岡鉄舟に高橋泥舟。勝、山岡に比べて、高橋泥舟のことはよくは知られていない。歴史的な事績が少ないのである。かといって、維新までの幕府における立ち位置は、決して低くない。勝が、もっとも信頼した一人である。武においても抜きんでいたが、人においても優れていた。が、維新後は、新政府への出仕の誘いを、ことごとく辞している。昔の親分(将軍)が、世に潜む日々を送っているのに、俺が世に出ることなんかできるか、って理屈である。その後死ぬまで、赤貧のなかに過ごした。この爽やかさは、やはり最後の剣聖である。山岡、高橋、ともに墓は台東区谷中。
続きを読む

 

12

 

1月

 

2014

25.01.12 Sun 

 朝8時半、久しぶりに愛犬達と語り合う。この一週間、何があり、何を想い、何に感動したか。熱く語りかけたのであるだが、わが愛犬達の犬生力は、力強く、そんなことより食を求めてウロウロ。聴いてやしない。それに引きずられてこちらは、昼に餃子とビールにホッピー。夕方まで飲み続け、愛犬達とうたた寝。夜、起き上がり再びホッピー。生きることに満足するのは、そんなに難しくない。友たる愛犬がいればいい。

続きを読む

 

12

 

1月

 

2014

25.01.11 Sat

  昨夜は、ほぼ徹夜。8時に事務室に入り午前を過ごし、午後は散歩に出る。明るい。日差しはもう春。夕方、別室で少しまどろむ。気が付くと、日が落ちて暗い。なんとなく、水上勉の『飢餓海峡』を思う。その昔、映画を観て原作を読んだ。その後少しの間、水上勉の世界に浸った。夜半、伝助Ⅲ号に乗りながら亀戸周辺を通りかかった。飢餓海峡の被害者杉戸八重が上京後、働いた遊郭が、この亀戸天神裏。決して美人と言えない(失礼!!)左幸子が演じた杉戸八重の情が思い起こされる。千葉について、気が付くと翌日。いつの間にか寝ていた。
続きを読む

 

10

 

1月

 

2014

26.01.10 Fri

  楼蘭といえば、現在の新疆ウイグル自治区にあった小国。紀元前に栄えた幻の国。楼蘭の美女で有名なミイラは約3,800年前に埋葬されたといわれる。35年前のNHKのシルクロード『楼蘭王国を掘る』で紹介された。悠久の昔から、人間の営みは営々と続き現代に至っている。食を求め、美を求め、語らい、悩み、戦ってきた。女が、いやその涙が歴史を変えてきた。そして今がある。楼蘭の美女になにがあったのか。歴史の通過点でしかない楼蘭という王国であるが、そこに立ち止ると興味が尽きない。なお、いまから15年程前に話題になった、新宿歌舞伎町のノーパンなんとかという店の名も楼蘭という。
続きを読む

 

09

 

1月

 

2014

26.01.09 Thu

  10時半に西新宿。13時半に事務所に戻り、15時に丸の内新東京ビル。16時半に事務所に戻り、18時に上野宴屋(えんや)。税理士仲間との新年会。21時に事務所に戻り、昨日に続き広重の『江戸名所百景』。今日は、『浅草田圃西の町詣』。この当時の推定人口は26百万人。今は128百万人。およそ5倍。人口が5倍になれば、浅草田圃、入谷田圃は今のような都市になるのか。
続きを読む

 

08

 

1月

 

2014

26.01.08 Wed

  16時に事務所を出て上野へ。書店に立ち寄り、幾冊かの本を購入。17時半に鳥つね自然洞。テレビでも有名な、鳥料理の名店。ハイボールを飲みつつ、鍋をつつき雑炊を食べる。事務所に戻り、買い求めた本を読む。広重「名所江戸百景」の亀戸梅屋敷臥龍梅。広重の浮世絵にしばし新年を味わう。
続きを読む

 

07

 

1月

 

2014

26.01.07 Tue

  9時半に3名の来客。来客とともに12時半に四川厨房。13時半に事務所に戻り、16時半に事務所ビル大家主催の新年会。18時に終わり、18時半に北千住。入谷に戻り22時半。昨年より、新年会のお誘いが多い。少しは、アベノミックスの効果だろうか。今週は、月、火、水、木であります。金曜日も入るかな。
続きを読む

 

06

 

1月

 

2014

25.01.06 Mon

  仕事始め。16時に帝国ホテル。菓子業界の賀例会に出席。17時前に中座するも、ホテルのロビーで「ともちゃん」との呼び声。帝国ホテルのロビーで声をかけてくるような高等人民に知り合いがいるとは思えず、そのまま歩くと肩を叩かれる。いやぁぁ~、10年ぶりに会う先輩。お互い悪いことはできませんね、としばし談話。入谷に18時半。事務所には20時半。2時間の空白時間は思い出せない。別室で、今日一日の復習。賀例会での業界トップの話。アベノミックスも、典型的国内消費産業である菓子業界には、ほとんど恩恵がない。国内消費の高まりなくして真の景気回復は感じられない、とのこと。むむ~、やはり、この日本の圧倒的多数は、国内消費産業に従事。安倍さん、もちっと力強いパンチをあと一発。
続きを読む

 

05

 

1月

 

2014

26.01.05 Sun

  どうも日曜日らしい。今年のNHK大河ドラマは『軍師官兵衛』。司馬遼太郎の『播磨灘物語』を、書斎にあるはずだがと探したのだが行方不明。なんせ、読んだのは出版された直後の40年近く前。私は、小説家司馬遼太郎のファンではないが、歴史作家としての司馬ファンではある。播磨灘物語で、どう評価していたのか忘れてしまったが、黒田官兵衛(考高)は、果たして単なる『軍師』として描かれていたのだろうか。とかく、日本人は参謀という立場が好きでありますから、どうしても黒田考高を軍師に押しとどめてしまう。まぁ、日本国家の運営といった立場からみれば、秀吉政権の参謀なんでしょうが、立派に領地を経営し、家臣を育成・保護し、敵と戦い、勝利する。立派な優れた指揮官であったのです。他の戦国武将以上に武将としての企画力、政策立案力、統率力、行動力、実行力、戦闘力に富んだ戦国武将なのであります。さて、どう描くんでしょうか官兵衛を。今年は楽しみに、大河ドラマを観ましょう。
続きを読む

 

04

 

1月

 

2014

26.01.04 Sat

  書斎に閉じこもり。気が付くと帳が降りていた。夕方、仕事を終え、溜まった新聞のを読む。12月29日、30日、31日、元日分。朝日新聞と日経新聞。電子版ではありますが、けっこうボリュームがあります。12月29日の日曜日の朝刊は、書評担当者の昨年一年分の「今年の3点」が掲載。コメント力にひかれて『ハンサラン 愛する人びと』(新潮社)を読みたくなる。辛くて、哀しくて、切なくて、痛くて、でも、愛おしい。やっぱり、タフに生きていこう、ってのが生きるってことだから。
続きを読む

 

03

 

1月

 

2014

26.01.03 Fri

  ダ・ヴィンチの最後の晩餐には、ナイフもフォークもスプーンもない。フォークやスプーンを一般的に使いだしたのは、おおよそ16世紀以降。それまでは、スパゲティだって手づかみで食べていた。細長いスパゲッティを手でつかんで、顔を上げ、口をあけて食べる。そりゃぁ~、食べにくかろう。だから、フォークが改良されたという。それに比べて、箸は早い段階に中国からもたらされ、日本に根付いた。日本では、昔から蕎麦は箸で食べていた。また、日本料理では自らがナイフを持たなければならない料理はない。一口サイズに切り分けられて提供されるか、箸で食べるサイズに分けることができるほど柔らかく調理されている。フランス料理の優雅さ、日本料理の繊細さである。箱根駅伝を観ながら、パソコンで仕事をしながら、箸で料理を食べながら、日本酒を飲みながら、箸のありがたさをつくづく感じた。もっとも、私の箸使いは下手で、やたらと皿の外に食べ物をこぼす。小学生でも、私よりうまく箸を使う。ナイフ、フォークだと、なおいわんやである。しかし、世界では3割が箸、3割がナイフ・フォーク・スプーン、4割がいまだ手で食べているという。ラーメン文化は、箸文化とともに輸出しなければならなりませんな。
続きを読む

 

02

 

1月

 

2014

26.01.02 Thu

  突然、一般相対性理論の話。重力やエネルギーは空間や時間を歪める。私にはちっとも分からないし、理解しようとする気も薄いのだが、標準理論、超弦理論へと続く物理学の難解な課題に取り組んできたアインシュタインを始めとする天才たちの度を外れた奇行ぶりを読んでいると、狂気は実に人間的である、人間を突き詰めるとある種の狂気が見えてくる、となぜか納得。天才は、ペルソナ(仮面)を持たない。私の持論であります。もっとも、奇行が分かったからといって天才が理解できるわけでも、奇行をまねても天才になるわけでもない。ペルソナを被ることなく生きていけるのは、神に愛された人たちの特権であります。深夜に起きだし、仕事関係の資料を読み込み、箱根駅伝と大学ラグビーを気にしつつ、仕事をしながら、そんなことを考えた。帝京と早稲田の対決、楽しみですなぁ~。
続きを読む

 

01

 

1月

 

2014

26.01.01 Wed

  3時起床。6時に伝助Ⅲ号に乗り7時に入谷。7時半に浅草寺。初詣。歩けないほどではないが、多くの人出。少ないお賽銭で多々祈願する。帰りに、鷲神社にもお参りしようかと思ったが、仏様と神様と、二股かけては失礼にあたると考えとりやめ。再び伝助Ⅲ号で千葉。愛犬たちを相手に、哲学をもった生き方をしろ、軸足だけはぶれるなよ、と、今年初訓示。もっとも、彼らは、己が主であり小生が下僕であると、正しく理解しているが故に、忙しなく食い物を求めてじっとしていない。来客があり、昼から日本酒。こうして一年が始まった。明日から仕事にとりかからなくては。とにかく、よい年にしていきましょう。
続きを読む

友廣清志税理士事務所

東京都台東区入谷1-18-7東京菓子会館2階

 

TEL:03-5824-0550

代表/受付時間9~18時

Fax:03-5824-0577

 

email;fwhe7777@nifty.com

 

休業日

土・日・祭日

 

対象地域

首都圏近郊:東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県

 

お気軽にご相談ください

2020年

9月

16日

20.09.16 Wed

 漱石の『坊ちゃん』には本名は出てこない。別に必要ないのだが、坊ちゃんを可愛がるお手伝いの清(キヨ)。坊ちゃんが松山に赴任したときは、いったいおいくつだったんだろうか。坊っちゃんは松山での教師を辞職して東京に帰ったあとは再び清と暮らすのであるが、清さんは相当に素敵な人だったんでしょうな。

2020年

9月

14日

20.09.14 Mon

 ようやく涼しくなりました。といっても蒸し暑い。まだまだ、わたしには夏です。これまでの人生において、私の場合、体型上、夏の期間が長く、秋冬の期間がが短い。暦の春夏秋冬と体感上の春夏秋冬が違うのであります。でも、夜明けが遅くなり、夜の帳が下りるのは早くなりました。総裁・総理が誰になろうと、秋はわが身にも来ております。明日あたりに、わたしにも秋が来るかな。

2020年

9月

06日

20.09.06 Sun

 なんと9月ではないですか。アジフライやらサバサンドを食べているうちに体重も増加。最近、物忘れがひどい。とくに、ドクターのいうことが、忘れるというより、頭に残らないのか、とんと身につきません。

2020年

8月

30日

20.08.30 Sun

 昼前、鯖サンドを求めて市原まで。呑みたいビールをグッとこらえる。夜、アジフライを求めて稲毛駅前の居酒屋へ。ホッピー&焼酎でアジフライをかぶりつく。これぞ千葉県民の醍醐味。

2020年

8月

27日

20.08.27 Thu

 あつい、暑い、熱い。とにかく暑い。歳とともに暑さに対する耐久力がなくなったのか、年とともに熱さが増しているのか、その両方なのか、とてもこの暑さを楽しむことなんてできません。この老体・醜体をいまさら晒す勇気はありませんが、風呂に浸かるが如くプールに浮かびたいもんです。はて、最後に泳いだのはいつのことだったのか。

2020年

8月

26日

20.08.26 Wed

 熱くて思考も停止。久しぶりに東銀座に出かけたものの、所用を済ませてそそくさと帰還。思考そのものも、行動そのものの少々分裂気味。何のために何を考えているのか、何のために動いているのかよく分かりません。もともと目の前のことにしか反応しない人間なのですが、ここのところそれが酷い。

2020年

8月

06日

20.08.06 Thu

 コロナだの暑いだのといっている間に8月。そのコロナ、専門家の間でもいろいろと話が異なります。各国の指導者の間でも対応が異なります。別に、専門家や政治家があてにならないといっているのではありません。さほど自然界と人間の身体はまだまだ分からないことが多いということでしょう。いささかコロナには飽きてきました。明日は立秋。もう秋なんですか。