2019年

 

2月

 

27日

 

19.02.27 Wed

 夕方、アメ横。店主も客も外国人。しかり、この猥雑さが妙に落ち着く。PARCO_ya上野八十郎で食事。アヒージョが絶品。事務所に戻り19時半。たまには勉強。少々、専門書を読む。当然、すぐに眠くなる。ゴロリとうたた寝。

2019年

 

2月

 

26日

 

19.02.26 Tue

 午前、来客。午後。川崎の登戸。途中。頻繁に携帯が鳴る。入谷に戻り18時藩。そのままふじへ。好物の生姜焼きにアジフライ。ビール、酎ハイ、冷酒(ひやざけ:れいしゅせはありません)。事務所に戻り20時。本日はここまで。

2019年

 

2月

 

24日

 

19.02.24 Sun

 午前、さかい珈琲でモーニング。コーヒー2杯。自宅に戻り、日中は斎藤茂吉の歌と北杜夫の楡家の人びと。茂吉の鰻に対する執着を知る。決して美食家ではないのだが、鰻だけは別。とくにその大きさにはこだわった。アララギの会食の席では、面前の鰻ではなく席上の鰻を眺めまわして、必ず一番大きい鰻と思ったものに変えてもらったという。取り替えるうちにもともと自席にあった鰻を戻すことになったという。先刻承知の主催者は、一番大きな鰻を茂吉先生の席に用意しているのであるが、いつも他席の鰻が大きく見え幾度か取り換えて納得したという。夕方、稲毛に出る。とりや一億で食事。夜、自宅に戻りバタリ。

2019年

 

2月

 

23日

 

19.02.23 Sat

 昨夜は早々に就寝。ということで、今日は深夜2時に起床。久しぶりに朝まで生テレビ。あまり興奮しないのは、こちらの歳の故か、出演者の覚悟故か、はたまたテーマ故か。昔はもっとタブーに挑戦していたような、安倍政権が日本のタブーではあるまいに。日中、少々散歩に出かけたものの、ほとんど自宅書斎。

2019年

 

2月

 

22日

 

19.02.22 Fri

 午前、東銀座から赤坂見附。ランチミーティングを終え再び銀座。事務所に戻り16時。17時半には缶ビールのプルトップを引き、本日はここまで。

2019年

 

2月

 

19日

 

19.02.19 Tue

 午前、湯島。天神様の梅まつりを通り顧客先へ。事務所に戻り、午後は八重洲。打ち合わせを終え、急いで事務所に戻る。来客。会議を終えるとガソリンも電池も切れる。たむらへ。おそらく今年最後のあんこう鍋。本日はここまで。

2019年

 

2月

 

17日

 

19.02.17 Sun

 どうも今日は私の誕生日らしい。68回目。これくらいの回数を重ねると、相当分別もつこうというものだが、まだまだ煩悩が多い。誕生日祝いにビーフシチュー。金谷のアジフライを食べたかったのだが。ワインをがぶ飲みし、酩酊以上泥酔以下。酩酊以上になれば心が裸になる。相手次第かもしれませんが。

2019年

 

2月

 

15日

 

19.02.15 Fri

 夕方、鴻運楼で火鍋を7人で囲む。事務所スタッフの歓迎会と確申業務突入食事会。今日もしたたかに酔う。

2019年

 

2月

 

14日

 

19.02.14 Thu

 今宵は地元の名店香味屋で食事。メンチカツにビーフシチュー&ワイン。ほろ酔いで事務所に戻り文藝春秋3月号。町屋良平の『1R1分34秒』(芥川賞受賞作)を読む。

2019年

 

2月

 

12日

 

19.02.12 Tue

 10時に入谷を離れ23時半に戻る。すでに酩酊状態。昔の悪い癖が出て寝酒。ウイスキーのロック。これがなかなか終わらない。気がつくと25時。明日は聖路加病院だというに。  

2019年

 

2月

 

10日

 

19.02.10 Sun

 有島武郎は、明治・大正・昭和の文壇で最も美貌の男といわれる。写真を見る限りさもありなん。美男のうえ、育ちが良く、ハーバード大学という明晰さも備えている。さらに、やさしいという気質。当然のごとく、いたるところで女性にもてたという。1923年、波多野秋子との不倫問題の末に軽井沢の別荘で秋子とともに生涯を終える。武郎45歳、秋子は9歳。1988年に公開された東映映画華の乱。有島武郎を松田優作が、波多野秋子を池上季実子が演じております。ちなみに映画の主人公は与謝野晶子(吉永小百合)であります。どうも、私の想像する有島武郎とは異なるようです。吉永小百合の与謝野晶子もいかがかと。俳優そのものは好きなんでありますが。

2019年

 

2月

 

09日

 

19.02.09 Sat

 昨夜はほぼ徹夜。眠れないのら寝なくてけっこう。深夜、書斎でブレード・ランナー。なんと複雑なストーリー。続いて必殺!恨み晴らします。なんと明快。窓の向こうは雪景色。よ~し、今日は書斎に閉じこもる。ということで、終日書斎。DVDと読書三昧。

2019年

 

2月

 

07日

 

19.02.07 Thu

 午後、八重洲。打ち合わせを終え、帰路、久しぶりに丸善に立ち寄る。数冊の本を購入。この衝動買いが書店の醍醐味。小一時間ほど丸善で過ごす。夕方、事務所に戻る。17時過ぎには根岸のふじ。はてさて何年ぶりであろうか。二人で、餃子、生姜焼き、イカフライにホタテのフライ、刺身に、最後はチキンライス。酩酊と泥酔の狭間で一日を終える。

2019年

 

2月

 

05日

 

19.02.05 Ttue

 てんぷらを食べたい。そこでからくさ。ビール、日本酒、そして焼酎の水割り。天ぷらのために飲むのだか、飲むためにてんぷらを食べるんだか。ほろ酔いと酩酊の間で店を出る。外は暗い。今日はここまでだな。

2019年

 

2月

 

04日

 

19.02.04 Mon

 午後、来客。夕方、ぶらりと根岸を散歩。下谷二丁目の肉のえびすやで焼き鳥を購入。しかも12本。いそいそと事務所に持ち帰り、早々に缶ビール。一週間の始まりはかくありたい。

2019年

 

2月

 

02日

 

19.02.02 Sat

 昨夜はいつ千葉に帰ったのか。もう若くはないから、午前様ということはないと思うのだが。終日、自宅書斎に閉じこもり、夕方、ぶらぶらと野茶坊へ。焼き鳥にニンニクの丸焼き。もちろん酎ハイ。〆にカレー焼きそば。これがまた絶品。自宅の戻り、少々読書。

2019年

 

2月

 

01日

 

19.02.01 Fri

 さて、一月も終わり二月。ということで、夕方、小岩のおどり。アワビにフグの白子、しまあじにうな重。もちろんしたたかに酔い、一日を終える。

友廣清志税理士事務所

東京都台東区入谷1-18-7東京菓子会館2階

 

TEL:03-5824-0550

代表/受付時間9~18時

Fax:03-5824-0577

 

email;fwhe7777@nifty.com

 

休業日

土・日・祭日

 

対象地域

首都圏近郊:東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県

 

お気軽にご相談ください

2021年

4月

16日

21.04.16 Fri

 なぜか河島英五。今日は20年目の命日。なりたくなくてもなってしまった「時代おくれ」の男には、20年前よりも。いまの方が河島英五の歌が心にしみる。

2021年

4月

01日

21.04.01 Thu

 このブログを、天国、いや、地獄から更新しております。地獄にも、✕✕地獄と種々ありますが、目の前に大量の餃子、生姜焼き、イワシフライ、ソーセージ等々、もちろんビールんホッピー&焼酎が並ぶ地獄です。昔は天国だったのですが、今は地獄。時の流れとは恐ろしいものであります。4月1日の報告でした。

2021年

3月

18日

21.03.18 Thu

 ミックスフライ定食、アジフライ定食、サバ味噌定食、豚汁定食。ぼくの定食人生の7割を占めてきました。定食屋という店舗が少なくなってきたのか、最近これらの定食にご無沙汰しております。とくに豚汁定食。吉野家以外では、どこに行けば食べることができるんでしょか。この番組をみていると、急に恋しくなります。

2021年

3月

10日

21.03.10 Tue

 あれから10年経ちます。陳腐な言葉は不要でしょう。ただ一言、忘れないでおこう。

2021年

3月

02日

21.03.02 Tue

 これからの食事、一人で食事をするとすれば何を食べるか。別に死の間際ということではなく、単に一人で食べる人生の10食。カレー、焼き鳥、ウナギと寿司にこってりとしたラーメン。ここまでは簡単にたどり着く。すき焼きや焼肉なんかは誰かと一緒に食べたい。一人で食事となると、続くのがメンチカツ、生姜焼き、ハムエッグ、高菜チャーハン、アジフライ。なんだか、うすっぺらぼくの食の歴史がうかがい知れます。今日はこれから焼き鳥を食べます。おそらく。

2021年

2月

28日

21.02.28 Sun

 逃げる2月といいます。3月になるといささか季節感が薄くなるかと思って食べたのが、牡蠣鍋。別に3月であろうと7月であろうと、鍋なんかいつでも食べればいいんだろうと思うのですが、そろそろ牡蠣が逃げていく、そんな強迫観念にぼくはかられたのです。でも牡蠣鍋って、自分でつくるのはけっこう味付けが難しい。ぼくはみそ仕立てが好きなんですが、どうもうまくいかない。

2021年

2月

17日

21.02.17 Wed

 昼に食べたのが担々麺。いつのまにかぼくたちは坦々麺を普通に食べるようになったのですが、どうもこの料理も麻婆豆腐と同じく、かの陳建民さんが日本に広めたらしいのです。これまでぼくは昭和で38年、平成で30年、令和で2年生きてきたことになりますが、昭和の時代には担々麺を食べた記憶がありません。ぼくの歴史と記憶なんかは別として、麻婆といい坦々といい陳さんにに感謝します。